四神京詞華集/シンプルストーリー(18)
【さあ!戦いだ!】
〇人さらいのアジト(夜)
最初に狛亥丸に襲いかかった盗賊は「?」と思った数秒後に気絶した。
ただ仮面の男と刃を交えただけなのに次の瞬間には太刀が真っ二つに折れ、その次の瞬間に延髄に重い衝撃が走り、その次の瞬間には意識が消失した。
これを彼が口にした言葉、つまり台詞のみで表すと。
雑魚盗賊1「はっ? はっ! はっ……」
である。
小説に比べ脚本とはつくづく楽な仕事だと思われる描写だがシナリオをそのまま載っけただけでは面白くもなんともないと気付いている私めとしては、こうして『クドいト書き』というテイでサービス精神溢れる新しいタイプのシナリオを模索している最中だったりする。
だが現在、あまり功を奏しているとは言い難いのが悩ましいところだ。
さてここで皆さま、七支刀なる剣をご存じか?
日本史の資料集で誰もが一度は目にしたことがあろう、太刀の左右に六本の枝葉のような刃が生えているアレである。
さすがにあの剣を戦闘用だと思う大人はいないと思われるが、当然、あれは祭具の類である。
ただファンタジーの世界では見た目のインパクトからか、最強武器の一つ前くらいの、終盤訪れる洞窟の隠し通路の奥にぽつんと置いてあって『さいごのかぎ』でようやく開く宝箱から手に入れることが出来るも、強力な古代の兵器でありながらその入手タイミングの遅さとニッチなスタイリングによって活躍期間の短いウェポンとしてのイメージを抱かれる方々が多々いらっしゃると思われるのは私の偏見か?
しかしながらチャイルディッシュ&チープ!を標榜するこの物語としては、勿論七支刀武器説を採用するわけであり、つまりは今、狛さんの手に握られているそのだんびらの名を『十二支刀』と呼ぶ。
くだんの祭具との違いは枝刃は片側のみに櫛状となって生えており刃の幅も随分と、いやはっきり言って陰湿なほどに狭く小さい。
つまりこの刃は相手の剣にひっかけて刃を削いだりナマクラであればいとも簡単にへし折ることが可能な役割である。
と、ここまで筆力が無いなりに長々と説明してみたのだがどうしてもピンと来ない方は、今目の前にあるパソコンのページを一旦閉じて貰ってグーグルかなんかで『ソードブレイカー』と検索して頂きたい。
ちょっと待ってますね。
× × ×
ご確認頂けましたか?
ようは十二支刀とはソードブレイカーの長いヤツですね。
ただいきなりそう書くと世界観的にミもフタもなくなるので極力自力で描写しようとした努力だけは買ってほしいです。
さて。
あっという間にソードをブレイクされついでにヘッドもブレイクされた仲間を見て驚く盗賊たちだったが実は一番驚いていたのは狛亥丸本人であった。
狛亥丸「刃を合わせる。引っ掛ける。ねじって折る。相手は怯む。その隙に峰で殴る」
それが狛さんの記憶に残る十二支刀の使用方法であったが、実践してみるとむしろ頭でなく体の方が覚えていた。
鼻の奥から脳に意識を集中させ匂いを識別する方法も同じである。
同時にかつて『狛戌丸』だった頃の思い出までもが鮮明に甦ってくる。
何故『彼ら』が穢麻呂を憎んでいるのかまでも。
一瞬、ほんの一瞬であったが『統合者』としての役割が悲しみと憎悪に飲み込まれそうになった。
ナミダ「狛さん!」
土牢の中から響く呉女面の声に我に返った狛亥丸は、襲い来る二激目を使用方法通りに捌くと、再び同じように気絶せしめた。
盗賊1「この禍女が!」
怒りに任せ土牢の隙間に剣を突きつける盗賊の頭目その一。
刃は呉女面を真っ二つに割る。
ナミダ「むんがあ!」
なんどめだ、と言わんばかりに割れるお面。
ナミダは平然と仁王立ちで受け止めた。
お面は最早、変装道具兼ディフェンスヘルムと化している。
脳天に一撃を受けたナミダの全身の血が沸騰し、逆流する。
まるで毛穴という毛穴から煙となって吹き出るように。
衝動が理性を突き破る、あの感覚。
だが此の度は今までとは何かが違った。
ポジティブ。
怒りや悲しみや絶望とは全く違う健全な高揚感が体を満たしている。
妙なレッテルだが「健やかな鬼」と呼んで頂きたい。
うん。気持ちも全くもって冷静であった。
と、人質となっている女達から悲鳴が上がる。
ナミダ「大丈夫だから! 我が君と狛さんがきっと……」
そこまで叫んでナミダは、悲鳴の原因が己の姿にあるのだろうと気付いた。
そう、健やかなのは彼女の気持ちだけであって、みてくれは今、世にも醜い化け物と化しているはずだ。
女達は盗賊の刃よりもこのざんばら髪の、口の裂けた夜叉から逃れるように土牢の隅に固まって震えている。
ナミダ「菜菜乎ちゃん! ゴメンけど通訳して! 今、この娘達に私の言葉通じないんだ。だから……」
振り返るナミダ。
だが、菜菜乎もまた、ナミダの姿を見て怯えている。
いや、それにも増して憎んでいるようにも見える。
菜菜乎「……やっぱりアンタ、鬼だったんだ」
ナミダ「……」
菜菜乎「そんなに羨ましかったの? 香木まで奪って。私アンタを助けようとしたんだよ。アンタも一緒に天竺で幸せにしたげようって。それなのに……この浅ましい、鬼!」
ナミダ「菜菜乎ちゃん……」
菜菜乎「貴族の姫だからって偉そうに! 仏の国に近道はないって? 唐を越えろ? 砂漠を越えろ? だったら一人で歩いて行けば! 私はもう十分なのよ。狭くて暗い竪穴の家も。泥だらけになって田んぼを耕す暮らしも。あんたら貴族や豪族に見下されて値踏みされる人生も。もう沢山なの!」
盗賊1「田舎娘が夢見てんじゃねえぞ!」
と、せせら笑う盗賊1の首に蛇が巻き付く。
先ほどまで曲がりなりにも袍の貴人然とした穢麻呂が、今は炎の如き赤い目をした修羅となって大蛇を操り盗賊1の首を締めあげてゆく。
菜菜乎「ひいっ!」
そのおぞましい光景に菜菜乎は気を失った。
一方、ナミダの脳裏には一月前の記憶が鮮明に甦ってきた。
夜叉と化した己を押し止めた一匹の修羅。
彼女は目を背けることなくじっとその姿を見定める。
まさに、修羅の正体は蝦夷穢麻呂。
しかし何よりナミダを驚かせたのは、彼の首に纏わりつく長い長い、経文の如き模様だった。
それは自分の眦に走る禍の紋様、いや、彼女のものとは比較にならないほど鮮明で広範囲に渡った、都人の言を借りれば『呪い』である。
蝦夷穢麻呂は禍人であった。
そしてその『呪い』は首元を離れるほどに、大蛇の姿を形どり、暴れ回る。
穢麻呂「何を見ている。左様にこの姿が恐ろしいか?」
首を締めあげられ気絶した盗賊など一顧だにせず吐き捨てたその台詞は無論ナミダに向けたものではない。
視線の先にいるのは、悪黄門蘇我有鹿。
有鹿「恐ろしい? ハッ! 醜いだけよ!」
穢麻呂「ほう。俺の言葉が分かるようだな」
有鹿「蒙昧浅学の有象無象と同じにするな。呪いなどただの幻。そのおぞましい姿も単なる見てくれのみ」
穢麻呂「安堵したぞ。うぬには問いただしたい事が山ほどある」
有鹿「表の世は父上が、裏の世は俺が牛耳る。それだけのこと」
穢麻呂「汝が起こした事件は虫女尼様の問題。我は預かり知らぬ」
有鹿「ならば目を閉じ耳を塞げ。さすれば命だけは助けてやろう」
有鹿を庇うように右覚と左輔が立ちはだかる。
穢麻呂の傍らにもまた、盗賊たちを一網打尽にした狛亥丸が控える。
穢麻呂「我が帝はまだ生きておるのか」
有鹿、思わず吹き出す。
有鹿「我が帝? どのツラ下げて我が帝と?」
穢麻呂「答えろ!」
有鹿「遥か鎮西より這い戻って来たと思えばまたぞろ帝に付き纏うか。つくづく薄気味悪い男よ」
穢麻呂「我が怨敵は道暁一人。おのれ如きは目を閉じて舌を滑らすがよい。さすれば命ばかりは助けてやる」
有鹿「如き? ほざいたな禍人!」
右覚と左輔が襲いかかる。
狛亥丸、穢麻呂を庇って二人同時に相手をする。
大太刀を抜き、唾を吐く有鹿。
抑えきれぬ武者震いが嘲笑となって漏れる。
有鹿「ククク……面白くなって来たじゃねえか。汚ねえマロちゃ~ん!」
蛇は主の代わりに悪黄門に威嚇の牙を剥く。
紅い目の修羅、穢麻呂は静かに腰の剣を抜く。
簡素な、恐らくは名も無き剣を。
穢麻呂「面白がっているところ悪いが……疾く終わらせてやる!」
(つづく)