最悪(17)
○森の社(夜)
草を分け、松明を手に歩いてくるウラ。
その後ろを歩く修理。
蔦に縛られ、朽ちかけた社がある。
修理「罰が当たったんだ」
修理、拝殿を見据える。
神額に擦れた筆で『金屋子神社』
修理「鍛冶の神。父が潰したと聞いたが」
ウラ「儂を長にするためじゃった」
修理「え?」
ウラ「鬼の長は世襲が仕来り。じゃが、男が生まれんかったけの。金屋子様は女を嫌う。刑部殿は祟りも恐れず神社に抗い鬼の仕来りを守ってくれた。政の為なら神とも戦う。お前の父はそういう男じゃった」
ウラ、拝殿に黙礼する。
ウラ「代官。心乱れることなく一身に務めを果たす覚悟があるなら、ついて参れ」
ウラ、社の裏手に向かって歩き出す。
修理、一時の逡巡の後、続く。
○同・裏(夜)
おびただしい数の、野ざらしの石の墓。
修理「神社に墓?」
ウラ「金屋子様にとっては、死は穢ではない。骸はよき砂鉄となるとの言い伝えじゃけえのう。全部、いにしえの亡骸じゃ」
ウラ、真新しい墓石の前に立つ。
ウラ「この者以外はな」
修理「誰の墓だ」
ウラ「旧薩摩藩士桐原信八。お前の父を斬った男じゃ」
修理「……!」
修理、黙って墓を見つめる。
ウラ「真実を知りたいか?」
修理「話してくれるのか」
ウラ、薄く微笑む。
ウラ「あの夜、タタラ場にこの男は逃げ込んで来た。儂らとこの男が会ったのはそれが最初で最後じゃった。この男は儂らに向かってこう言った」
○(回想)黒金村・川辺上流(夜)
刑部の亡骸。
桐原の声「鬼ども。頭目は討ち取ったぞ。我ら薩摩隼人の無念。思い知れ」
○(回想)高殿・中(夜)
ザンギリに和装、傷だらけの浪人桐原信八(40)を囲む長老達。
ウラ「薩摩の方がこの黒金に何の恨みがある?」
桐原「下郎め」
桐原、長老達を睨みつける。
桐原「今更シラを切るとは、恥を知れ! お前達の作った銃が我らに敗北をもたらしたのだ!」
○(回想)熊襲の地
隼人側の撃鉄が次々と反応を失う。
隼人の若者、銃を放り投げ、叫ぶ。
隼人の若者「くそ! これ迄か!」
一人また一人、銃を投げ捨てる隼人達。
○(回想)高殿・中(夜)
怪訝そうな長老達。
ウラ「我らは銃など作っとりゃせん」
桐原「黒金銃の刑部商会。侍の足元を値踏み、クズ鉄でクズの銃を作り売りつけ士族の乱で荒稼ぎとは。鬼どころか畜生の所業よ。故にその元締を討ち取った。黒金村代官、百目木刑部、侍の風上にも置けぬ外道が」
桐原、立ち上がり脇差を構える。
長老達もまた身構える。
桐原「真の武士の死に様、見せてくれる!」
桐原、腹をかっさばいて斃れる。
○森の社・裏(夜)
桐原の墓を見下ろす修理。
修理「何を言ってるんだ……」
○(フラッシュ)黒金村・川辺上流(夜)
刑部の亡骸、握られた刀。
○森の社・裏(夜)
激昂する修理。
修理「銃だと? 何を言ってるんだ!」
ウラ「静まれ」
ウラ、修理を睨みつける。
ウラ「これまで真実から目を背けておきながら何様のつもりじゃ」
修理「それは天尽が……」
ハッとなる修理。
○(回想)黒金村・川辺上流(夜)
塞ぎ込む修理の後ろに天尽(42)
天尽「後ろから闇討ちとは、鬼どころか畜生の所業にございまするな。鬼の長老共と刑部様がタタラ場の改造を巡り激しく対立していた事。村で知らぬ者はおりません」
修理、振り返る。
修理「誰じゃ?」
天尽「天網屋龍左衛門。裏日本を栄えさせるために『手広く』商いをやっております」
○森の社・裏(夜)
修理、へたり込む。
ウラ「儂らが出した屑鉄を密かにかすめ取り、刑部殿の名で商いをし不出来な銃をこさえ、不平士族の乱に乗じ侍の屍の上に富を築き上げる。なにが裏日本のためじゃ」
今度はウラが叫ぶ。
ウラ「じゃが我らが調べ上げた真実を、刑部殿やこの男の、侍の無念を蔑ろにしたのは他ならぬうぬじゃ! 悪代官、百目木修理よ!」
修理、駆け出す。
修理「おのれ天網屋!」
ウラ「それがお前の政か!」
修理「……!」
ウラ「今更おのれ一人の恨み辛みを晴らすことが代官の為すべきことか」
立ち止まる修理。
ウラ「真を知ろうと心乱れず黒金村の為に一身に務めを果たす。お前にそれが出来ると思った儂が愚かであったか?」
修理、大きく息をつく。
沈黙。
やがて静かに命じる。
修理「鬼の長よ。皆を集めてくれ。誇り高き、鉄を統べる者達を」
(つづく)