妖瞞の国(5)
○鴨川・河川敷
晴天。
が、連なる山の向こうに黒雲。
枷をつけた襤褸の者ども(咎人)
が川に面し頭を垂れ座っている。
大鎧の中原と沢山の検非違使が、
弓刀を携えてその後ろに居並ぶ。
検非違使に従うは摺衣の放免共。
咎人の横に立つ断頭の刑史。
中洲の隅に立つ小さな社。
その傍らに畳が敷かれ、
関白と幾人かの物好きな公卿。
そして白く美しい水干を纏った、
陰陽寮の奇才飛蝗が座っている。
結界の中に組まれた火輪壇。
忌々しげに飛蝗を睨む中原。
○同・河川敷
武者の壁に遮られた夥しい数の
野次馬が中州を眺めている。
物見遊山の市人。
坊主の読経。
手を合わせる嫗。
と、野次馬のざわめきが
大きくなる。
○川
滝口武者に守られた鳳輦の輿が、
浅瀬を渡り中洲へと向かう。
○鴨川・中州
鳳輿は中洲に上がり社へ至る。
輿を迎え入れる一同。
簾が上がり、
幼きみかど(10)が出てくる。
みかど「おとど。お久しゅうござります」
関白「私もご尊顔を拝し奉り喜ばしき限り。されど帝の威光は守られまするよう」
みかど「うむ。関白も息災であったか?」
関白「ははーっ」
関白、みかどを抱き上げ社へと入る。
社の御簾が下りる。
社の前に歩み寄る飛蝗と中原。
飛蝗「陰陽師安倍飛蝗にござります」
関白「此度の穢流しは陰陽寮の作法にてとり行うものとする。これまで以上の大いなる清めを、主上と都に捧げるのじゃ」
飛蝗「かしこまりましてございます」
火輪壇に火が灯される。
煙を上げて燃え上がる炎。
その前に立つ飛蝗。
飛蝗「こう。こう。こう。こう。こう。こう」
朗々と祝詞を詠う。
飛蝗「たかあまはらにかむずまります。かむろぎかむろみのみこともちて。すめみよやかむいざなぎのおおかみ。つくしひむがのたちばなのおとのあわぎはらに……」
祓詞みそぎの大祓いを唱える飛蝗。
○占星台・中
紙に挟まれた一本の髪を手に、安倍。
安倍「よう手に入れた。下がってよい」
たいおん、去る。
机に広げられた幾冊もの暦。
安倍、暦を凝視している。
安倍「曇天。雨天。嵐天。曇天。嵐天。嵐天。雨天。嵐天。……後は我が呪が勝つか奴の悪運が勝つか」
たいおん歩を止め、
意を決して口を開く。
たいおん「褒美をくださりませ。どうか」
安倍「褒美? 人のような事を申すな」
たいおん「先の晴明様は瘡に効く薬をお持ちでした」
安倍「だから何だ」
安倍、毅然と目を合わしてくる
たいおんに対して苛立つ。
たいおん「ひと掬いで構いませぬ。どうか」
安倍「人救い? 鬼救いの間違いであろう」
たいおん「どうか」
安倍「式神は道具だ。何も求めてはならぬ。何も与えてはならぬ」
たいおん「どうか」
安倍「飛蝗に毒されたか? それとも鬼の血がうずきはじめたか?」
たいおん「どうか」
安倍「黙れ」
たいおん「……」
安倍「鬼は都の禍の依代となるべく生まれ、生き、死ぬるもの。六道輪廻より外れし外道の者。救う事自体が神仏に逆らうと心得よ」
安倍、たいおんを無視し外へ向う。
たいおん、安倍の袖を掴む。
たいおん「どうか! どうかお願いします!」
安倍「我に触れるな! 汚らわしい!」
安倍、たいおんを突き飛ばす。
安倍「外道より輪廻の輪に戻してやった安倍一族への恩、忘れたか」
たいおん「この一度にございます! どうか!」
安倍「ならぬ。あれは父晴明が都人を救うために煎じた物。鬼畜害虫を増やすべく使ったとあらば我が名が、我が徳が穢れ、地に堕ちる」
たいおん「鬼畜害虫……」
安倍「安倍家に仕えし折より俗世との交わりは禁じたはず。お前は救われたのではない。作り直されたのだ。虫けらから、式神へと」
安倍、たいおんに背を向け外に出る。
たいおん「鬼は増やされるもの……鬼は作られるもの……鬼は……」
たいおん、ただ立ちつくすだけ。
○占星台・外
結界が張られ火輪壇が組まれている。
火輪壇へと向かう安倍。
安倍「成程。我が式神をも狂わせる新たなる陰陽師。その言霊、恐るべし。されど陰陽寮の威信はすでに戻った。マヤカシの力を借りるはこれまでよ」
安倍、黒雲を見上げる。
安倍「おお嵐ぞ。我を寿ぐ嵐ぞ。マヤカシを吹き飛ばす嵐ぞ。見よ、これが我が力ぞ!」
○羅城門・門の外側
頭から襤褸を纏い、
顔を隠す綱光と夷達。
門の向うに広がる都を睨んでいる。
綱光「今日は穢れ流しだ。都の守りは薄い」
茨木、都を見つめる。
茨木「かつて我らは村を焼かれタ。都人から見れば暗き森でも我らにとっては村だっタ」
綱光、驚いて茨木を見る。
茨木「ある者は赤子をはらに都で泥をすすリ。ある者はどこぞへと流れタ。そして我はあの穴倉で朝廷の意のままに働く虫けらになっタ」
茨木、太刀を抜く。
茨木「この姿を虫と見るも人と見るも鬼と見るも奴らの勝手。昔など、もうどうでもいイ。今ダ。今。我は怒りを叩きつけル」
襤褸を天に投げる夷達。
茨木「我らはあるがままダ!」
夷達、雄叫びをあげ都へと攻め込む。
綱光、しばし戸惑い、
しかし太刀を抜く。
綱光「あるがままだ」
○占星台・外
結界の中、炎を前に印を結ぶ安倍。
安倍「丑寅に在りし金神。怨霊雷電。澱みけがれし鴨の河に招来したまえ。願わくば偽りに塗れしかの者の行く末を断ちきりたまえ。マヤカシを消し去りたまえ」
安倍、髪の挟まった懐紙を炎に投じる。
安倍「急急如律令。急急如律令。急急如律令」
炎を前に呪詛し続ける安倍。
○空
晴天に黒雲が流れてくる。
○西市
欲望のまま暴れる夷。
逃げ惑う都人達。
都人1「何故じゃ。何故昼間から鬼が」
夷の一人、都人1をむんずと掴む。
夷1「鬼? よく見ロ。我らは鬼カ」
黒雲が空を覆い辺りが暗くなる。
夷1の顔が歪み、鬼に変わる。
都人1「鬼じゃ……鬼じゃあ!」
夷達の姿が鬼に変わる。
鬼1「よう言うタアアアアア!」
鬼達、暴れ、襲い、盗み、火を放つ。
○羅城門・楼閣
荒廃した楼閣から都を望む茨木。
都のあちこちより火の手が上がる。
と、楼閣の暗がりから、
襤褸を纏った乞食が這い出て来る。
じっと乞食を見据える茨木。
茨木「我と共に往くカ?」
楼閣に上り、
茨木に駆け寄る隻眼の夷。
茨木の足元には、
乞食たちが神妙にひれ伏している。
隻眼の夷「こやつらハ」
茨木「同じ穴のムジナ。或いはいつか、同じ所に住んでいたのやも知れヌ。あの男はどうしタ?」
隻眼の夷「やつは若い者どもを引き連レ獄舎に向かっタ。都の人身御供ヲ救うつもりらしイ」
○獄舎
獄卒を取り囲む綱光と若き夷達。
綱光「穢れ流しだと?」
○羅城門・楼閣
茨木「おろかナ。死ぬるつもりカ」
楼閣を降りようとする茨木。
その手を掴む隻眼の夷。
隻眼の夷「俺は目ヲ、お頭は腕を失っタ。次は奴が失う番ダ。その時初めて奴ハ俺達の仲間となル」
茨木、楼閣に留まる。
○鴨川・河川敷
曇天。
益々暗くなりうろたえる野次馬。
○同・中州
閃光。
雷鳴。
中原、検非違使に命じる。
中原「雷電じゃ! 雷鳴の陣を敷けい!」
検非違使達、一斉に鳴弦を行う。
滝口の武者、社を囲み鳴弦を行う。
公卿達、怯えうろたえる。
御簾の奥で関白が叫ぶ。
御堂「安倍飛蝗! まだ終わらぬのか!」
一心に大祓詞を唱え続ける飛蝗。
飛蝗「あまのみかげひのみかげとかくりまして。やすくにとたいらけくしろしめ……」
恐れおののく殿上人。
公卿2「これ陰陽師! 儀式を変えよ!」
公卿1「清めなど今はどうでもよい! はよう雷神を鎮めぬか!」
中原、刑史に歩み寄る。
中原「もうよい。すぐさま清めよ」
断頭刑史「しかし」
中原「終わらせろと言うておるのじゃ!」
太刀を抜き、咎人たちの
後ろに立つ断頭刑史。
中原「打てい!」
刑史、太刀を振り上げる。
と、その足元に一本の矢が刺さる。
○同・河川敷
人の波が分かれ、
弓刀を手に、若い夷を率いて
綱光が踊りこんでくる。
野次馬達、口々に「鬼じゃ」と叫ぶ。
夷達の姿が鬼に変わる。
鬼達、次々に武者を斬り伏せ、
中洲へと向かって浅瀬を駆ける。
○同・中州
迎え討たんと太刀を抜く検非違使達。
と、遥か天上で雷が爆発する。
検非違使達、怯む。
大粒の雨が降り始める。
中洲に至る鬼達を一旦制する綱光。
太刀を抜き、綱光を睨む中原。
中原「やはり魔道に堕ちておったか、綱光」
綱光「今は朱点童子」
中原「朱点童子?」
綱光の姿が歪み、
赤鬼朱点童子に変わる。
中原「鬼めが! 清めてくれん!」
中原、朱点童子に斬りかかる。
朱点童子、
中原の刃を力づくて弾き飛ばす。
朱点童子「殺すと言え」
刃を向けられてなお、
目を背けない中原。
朱点童子「如何か別当殿。鬼に変わりし我が姿が見えましょう。……俺もそうだった。己の見たいものを見たいようにしか見なかった」
鬼を見る朱点童子。
その視界、鬼達の姿が夷に戻る。
朱点童子、社へと歩み寄る。
中原「鬼を捕らえよ!」
滝口の武者に阻まれ、
太刀を下げる朱点童子。
朱点童子「帝よ」
関白「忌まわしや。声をかけるでない」
朱点童子「御簾を上げ我が姿を見られよ」
関白「穢らわしや。近寄るでない」
朱点童子「帝に申しておる!」
関白「成敗せよ!」
滝口の武者達、太刀を振り上げる。
近くの山に雷が落ちる。
怯む滝口の武者達。
検非違使達、ひたすらに弦を鳴らす。
平安武者の体たらくに笑う朱点童子。
朱点童子「見たいように見ればよいのだ。ただの雨だ。ただの風だ。ただの光だ。ただの音だ」
関白、飛蝗に叫ぶ。
関白「この様は何だ! 穢れを水に流す所か更なる穢れ、挙句雷神まで呼びよせおって!」
祝詞を唱え続けている飛蝗。
関白「安倍飛蝗! 口先ばかりの腐れ呪術師め! 太刀持て帝をお救い奉れ!」
叩きつける雨。
ついに火輪壇の炎が消える。
飛蝗、祝詞を止める。
飛蝗「チッ……うっせーな」
関白「何じゃと?」
飛蝗「我が験力の不甲斐なさ……反省してまーす」
飛蝗、朱点童子に歩み寄る。
飛蝗「朱点童子と言うたな」
朱点童子「安倍飛蝗と言うのか」
飛蝗、眼前の赤鬼を見据える。
その姿が綱光に戻る。
飛蝗「やれやれ。面倒くせえことになった。やっぱ、宮仕えなんざするもんじゃなかったぜ」
綱光「お前も嫉妬と怨嗟の嵐に飲み込まれているようだな」
飛蝗「ああ嫌だ嫌だ」
綱光「では俺とともに鬼に堕ちるか?」
綱光、飛蝗を凝視する。
飛蝗、健やかに笑っている。
綱光「ふん。薄っぺらい男だ」
飛蝗「悟ってると言ってくれよ」
綱光、夷の一人に指示する。
綱光「得物をくれてやれ」
飛蝗に刀が投げられる。
飛蝗「あ、そういや口八丁は得意だけど手八丁は苦手だったな」
綱光「今さら逃げられぬぞ。決着をつけてやる」
飛蝗「仕方ねえ。やるだけやってみっか」
飛蝗、刀を抜いて綱光に斬りかかる。
綱光、太刀を手に飛蝗の刃を受ける。
綱光「手出し無用。穢れし戦を見せてくれん」
飛蝗「オラ、ワクワクしてきたぞお!」
綱光「この後に及んでまだ戯れ言か!」
飛蝗「そうさ! このアヤカシめ!」
綱光「黙れ! マヤカシめが!」
(づづく)