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四神京詞華集/シンプルストーリー(15)

【百屋です】

「ナミダ……汝の名はナミダ。これよりはそう名乗るがよい」

的な?
そうちょっと格好つけた感じで小粋なシーンを自己演出してみた穢麻呂は、一週間も経たぬうちに大後悔する羽目になるのだった。
この女、とにかく使い物にならない。
昭和の名曲の歌詞にある
『炊事洗濯まるでダメ。食べることだけ三人前』
を地で行ってるのだ。
いっそ『プイと出たきりハイそれまでヨ』
になってもらいたい所なのに、その辺だけは現代っ子よろしく、ひと言小言をいおうと小言どころか完全にクレームをいれようと暖簾に腕押し糠に釘。「だってしょうがないじゃないですかあ~。私い~お箸より重いもの持ったことないんだからあ~」
と、パープリン(死語)のような口調で風をどこかに吹かせるだけ。
なんでも夢に出てくる俤びと(ようは脳内アイドル)のために刺繍などしていたそうで手先の器用さには自信がありますとぬかしていたが、蓋を開けてみれば。
「だってしょうがないじゃないですかあ~。刺繍とつくろい物って全然違うんだからあ~」
と、アンポンタン(死語)のような口調で衣類修繕なども断固拒否。
図太い。
まさに下僕失格。
これはもう召し使いではなく単なる居候ではないか。
はっきり言って呪いなどよりも、骨の髄まで染みついた他力本願的根性の方が未婚の女子にとっては余程克服すべき大問題である。
非人放免流浪人が跋扈する貧民窟での生活も驚くほどのスピードで順応し、今は市でのお使い(おそらくはこの女唯一の仕事らしい仕事)の道すがら、「あら? ワイルド系色男もいいですね」
と物色しだす始末。
現在狛亥丸が必死に押し止めてはいるものの、早晩夜の街を徘徊しはじめるであろう様は火を見るよりも明らかだ。
「いっそ馬の骨だの豚の骨だのに2、3周マワされれば少しは真人間になるであろうか」
そう主人公らしからぬ暴言を苦々しく呟くだけが、主の精一杯の愚痴の発散であった。
そんな日々の、とある夕刻。

○尊星宮・拝殿(夕)
簀子縁にペタリと座り、一心不乱に野良猫の腹を吸っている暇人ナミダ。
と、穢麻呂、いきなり猫を引っ手繰って外に放り投げる。

ナミダ「てめえええ何すんだよおおお」
穢麻呂「やかましいこの積木くずしめ」

ガンギマリならぬニャンギマリの情けないアへ顔をさらしつつ、主の胸倉を力なく掴むナミダ。

ナミダ「返せよおおお。猫キメさせろよおおお」
穢麻呂「顔中ノミだらけにして何をぬかすか」
ナミダ「あらやだ。お肌荒れちゃう」

慌てて手鏡で肌つやと、ついでに前髪のチェックをするナミダ。
と、鏡越し、穢麻呂の傍に見たことのない男が立っている。
ナミダ、反射的に呪われた顔を袖で隠す。

穢麻呂「おい。卑屈な真似はやめよ。ここは白虎街。禍人が唯一堂々と素顔を晒せる場所ぞ」
ナミダ「卑屈でいい。見られたくない」
穢麻呂「今の今まで恍惚の表情を浮かべていた醜女が乙女面とはな」
ナミダ「ひどい。ひどいわ」

ナミダ、ぐじぐじと泣き始める。

??「醜女は言い過ぎだよ。泣いてるじゃないか」
穢麻呂「気にするな。こやつの涙はただの生理現象。糞尿と変わらん」
ナミダ「チッ」

ナミダは速攻泣き止むと袖越しに男を見つめた。
っていうか、本能的に値踏みした。
不思議な姿かたちの男だった。
墨色なのに、光の加減によっては禁色の紫にも見える袍。
だがそれも、袍というより唐の胡服に近い。
背まで垂れた冠の纓は、かの革命公達の流行に倣っているのか。
白目が病的に血走っている以外はとりたてて特徴のない穢麻呂と違い、同じ痩躯でもこちらは明らかに端麗な容姿である。
とても庶民とは思えない雰囲気をゴリッゴリに醸している。
だからナミダは、とりあえず一層顔を隠し、沈黙を続けた。
素敵男子はそんな禍人を慮って、気さくに近づき微笑んでみせた。

??「安心して。呪いについては真琵先生から習っている。僕にとっては、禍人の証もただの痣さ」
ナミダ「真琵……元左大臣、吉備真琵様ゆかりの方ですか?」

四神京においては蘇我大連、物部狩屋、橘不比等、そして太政大臣禅師道暁と並ぶ政界のビッグネームである。
そんな吉備真琵の生徒と聞いて、ナミダはますます萎縮する。

??「まあね。今は陰陽寮設立のため奮闘してらっしゃるみたいだよ」
ナミダ「陰陽寮?」
穢麻呂「詮索無用。我にも汝にも縁遠き組織だ」
??「まあ、そうひねくれなさんなよ。穢れた麻呂どの」
穢麻呂「ふん」
ナミダ「私の言葉も分かるんですね」
??「勿論。鬼とは対話できないという先入観が意思の疎通を拒否しているに過ぎない。無知蒙昧はすべからく否定から入るものさ。菅原慧子どの」
ナミダ「名前まで。じゃあ我が君から色々聞いてるんですね」
??「まあ、一通りは」

俄然自信を取り戻したナミダは一気に貴族の姫君の顔に変身すると、お得意の咳払いで己のペースに持ち込もうと試みる。

ナミダ「こほん。えー改めまして、私、文章博士郎女」
穢麻呂「ナミダだ。南無阿弥陀仏に遠く及ばぬ南弥陀だ」
ナミダ「……(×ねばいいのに)」
??「百屋でーす。よろしくね」
ナミダ「モモヤさん?」
穢麻呂「おい。あまり軽口を叩くな。この御仁はこう見えても」
ナミダ「……?」
百屋「今はイケてる商人(あきんど)百屋でいいよ。君だってそう見えて、祓魔師キヨメの穢麻呂なんだろ?」
穢麻呂「ならば好きにしろ。確かにこんな姫くずれに本当の話をしたところで何の得にもならんからな」
ナミダ「……(今すぐ○ねばいいのに)」
百屋「さて、お仕事お仕事」

百屋なる商人は、見事な装飾の施された唐箱を開いてみせた。
中にはこれまた見事な刺繍の施された小袋が詰まっている。

(つづく)

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