Aの風景画
前の日は「あれ、夏なのかな」と勘違いするほど暑かったのに、次の日は打って変わって寒い的な。そういう日ってウチラが子供の頃ってそんななかった気がするんだけど、今全然あるよね。ってか秋ってここ数年消滅したくさくない? これってやっぱりあれかね、地球がそろそろ滅亡する兆しとか? そういうことだったら、ちょっとどきどきするよね。
で、何が言いたかったかっていうと。
あの日、私がAの家に遊びに行ったときもそういう日でさ。つまり前の日がちょーあついのにその日はめっちゃ寒かったわけ。で、私って、そういうとき前の日の気温からキャリーオーバーして服着ちゃうタイプじゃん。その日もやっちゃったわけよ、そのムーブ。
待ち合わせした代田橋の駅前で、Aさあ、私に会うなり開口一番「上着どっかに忘れてきたの?」って言ったよね。忘れてきたってなんだよ、最初っからもってきてねーよ。これでフル装備だよ。あー、なんか、行ける気がしてとか、私がテキトーに返事したあともさ、しばらく「今日寒いのにどうしたの」ってうるせえから、うるせえなあって思ったよね。
でも、私とAって別にそんな腹割って話すほど友達ってわけでもないしさ、つうか上着持っていてない私がバカなだけだし、特に何も言わなかった気がする。
そんでそのへんで適当にメシ食ってさ、流れでAの家に流れでいくことになって……。
あー、ごめん、流れではないか。
行く気はあったよ、ふつーに。だって代田橋はAの最寄り駅ではあったから。うん。最初からそのことは決まっていたと思う。っていうか、Aと会った一年前から、そういうことは決まってた気がした。運命とかではなくて、設定として。
でも先にオチを書いちゃうとさ。
結局、今これを読んでいるあなたが想像したようなことは何もなかったんだよ(してなかったらごめん。それでアタリ)
それを残念と思うか、良かったと思うのかはあなた次第だけど。
そもそもこれは丸っきり、私の創作なんだから、ホントはそもそもそんなこと気にしないで読んでほしいんだけどね。
で、なんで多分Aとなにもなかったかっていうとさぁ、私にもうまく説明できないんだよ。
やりましょうねとか、やめときましょうねとか、
そういうしゃらくせえ話はなかったけど。
少なくとも私の内部で「これは、なし」っていう感覚が確かに生まれたんだよね。Aの部屋がとてもきれいだったから。
Aの部屋はとてもきれいだった。
ちなみに、Aは売れない絵描きだった。書き忘れてごめんね。
私はAの絵が好きだった。そして多分Aのことは好きではなかった。
好きではなかったと口にするとちょっと違和感があるから、ちょっとは好きだったのかもしれない。でもこれだけは言えるよ。
好きになってほしくなかった。愛されたくはなかった。
Aに。私のことを。
私のAに対する感情はそういう……なんと言ったらいいんだろう、多分、そういう、私からAに向けた、支配的なものだったよ。きっと。
Aが私に向ける感情を取り扱わないことそのものが、私のAにできる唯一してあげられることだったんだよ。
でも私は、Aの描く絵をひどく愛していて、
そしてその晩訪れたAの部屋は、最悪だったんだよ。
デザインから色合いまでひとつひとつ考え抜かれて揃えたことがひとめでわかるインテリアや家電。必要最小限の持ち物。計算された明かり。ひとりで暮らしていくのに丁度いいコンパクトな間取り。
まあ要は、ただその日その日をやり過ごすだけの内容空疎な、創造性のかけらもない部屋。
何が一番嫌だったって、
Aが描いたんだろーなって感じの大きな油彩キャンバスが一枚だけ壁に立てかけてあってさ、
ね。分かるっしょ。
あの絵さえなければまだよかったかもしんない。