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誰かとガチバトル(ディベート)できる自分になる

ディベートというものを、ここ 10 数年していないような気がする。
社会では、会社でもプライベートでも、意見の擦り合わせと着地点を探す作業にばかり意識が向いている。「負けるが勝ち」という言葉もあり、言い負かすことが必ずしも良きではない。

子供が時たまディベート体験をしているのを懐かしく聞いていた。

私が自身の経験で印象に残っているのは、新卒で入社した会社の新人研修で半日だけディベート研修があったことだ。そこで、同期内で1番プレゼンが上手くてトークが達者な F くんとディベートで当たり、負けず嫌いだった私は本気で言い負かしてしまった。どちらが勝ったかで手を挙げた私の姿を見た時、同期内にどよめきが起きたのを今でも鮮明に覚えている。
ただ、自分でもわかっていた。強者が相手だったから本気でぶつかれたものの、関係性を壊したくない同性の相手だったら、お茶を濁していたはずなのだ。
私はそんな臆病さも持っていた。

そして今でも。
本気でディスカッションできる相手はいるかと聞かれたら、身内ですら難しい。
どうしても関係性にヒビが入るのを恐れて、円満に着地する道を探ってしまうのだ。

そんな中、本気のディスカッション(ガチバトル)を見た(聞いた)。

対談が馴れ合いの雑談かインタビューになりがち、という、ちきりんさんの導入には正直深く共感した。
私が直近の Voicy フェスを購入したのにあまり聞けていないのは、そういう理由もある。

そしてアフタートークも含めて非常に面白かった。
こんなに高速に頭を回転させて激しい議論を展開し、その後「楽しかったね」とご飯を食べる関係性の相手に今後出会えることがあるだろうか。
いや、それにはまず自分が「自分のアタマで考えた」意見を持って、考え抜いたその意見を磨き上げないといけない。

奇しくも近いタイミングで、久しぶりにハマったドラマ「御上先生」(第4話) でも、生徒同士のディベートが行われた。

相手の意見に反論するには確固たる自分の意見がある前提で、様々な視点から考え、自身の中で反論を繰り返し、そして相手の意見を聞きながらリアルタイムで自分の論点を練り直す作業が必要だ。

まずは世論を疑い、情報を脳死でインプットせず、考え抜くこと。

私は小学校高学年、中学生にかけて、友人トラブルもあり、ずっと人から嫌われない道を模索していた。
それゆえ、個性もなくなっていった。

いつの時代の話をしているんだ。
友達 100 人いても会える時間は限られているし、死ぬ時は1人だ。
葬儀にたくさんの人が来ようが、それは死後の話でしかない。

私の意見は?私の個性は?

今からでもきっと遅くはない。
自分のアタマで考える訓練をしよう。そのためのインプットを選ぼう。note のこのアウトプットも少しは寄与するはずだ。

あなたの意見はなんですか?
何かのテーマに少しでも熱く語れるようになりたい。熱く語れるテーマを1つでも多く増やしたい。

そんなことを考えている。

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