フレッシュペットフードに関する幾つかの考察
ペット栄養管理士として、すべての犬猫の飼い主さんにメインのごはんをドライフードではなくウェットフードに、可能であればフレッシュペットフードにしてほしいと思っています。
本稿ではその理由を解説しつつ、フレッシュペットフードが当たり前の世界はどのように来るのか(可能性はあるのか)を考察します。
■ドライフードをお薦めしない理由
現在、犬猫のごはんはドライフード、つまり「カリカリ」が一般的だと思います。フレッシュペットフードを目にしても「貴族が買うやつでしょ?」とか、「特別な日にあげるやつでしょ?」とか、「おやつでしょ?」みたいな感覚の方は多いと思います。
見出しで「ドライフードをお薦めしない」と書きましたが、ドライフードを全否定する気はありません。うちの猫たちはメインをフレッシュフードであるペトコトフーズにしていますが、カリカリも食べています(何の利害関係もありませんが自然の森製薬さんの薬膳ごはんがお薦めです)。
僕が重要だと思うのは「ドライフードが良いか悪いか」ではなく、「メインのごはんとしてドライフードが良いか悪いか」という点です。その点で、ドライフードをメインにすることはお薦めしません。なぜドライフードをお薦めしないかというと、ドライフードでは十分な水分摂取ができない可能性があるからです。
ドライとウェットの一番の差は水分量です。ドライはクッキーのように焼いて水分を飛ばしているのでほとんど水分を含みません。そのため食事とは別に水をたくさん飲まなければいけませんが、ウェットは水分が70%以上含まれますので食事から多くの水分を摂取することができます。フレッシュフードも同様です。
ドライを与えている犬猫の飼い主さんで「うちの子はよく水を飲みますよ」と仰る方もいますが、その量は本当に適切でしょうか? 季節や年齢、その日の気分によって飲水量は変化し、実は飼い主さんが思っているほど飲んでいない場合があります。
また、ドライとウェットで飲水と食事からの水分摂取を合わせた最終的な水分摂取量が同じだったとしても、吸収率は飲水のほうが低くなることがわかっています。つまり、ドライを食べている犬猫は、ウェットを食べている犬猫よりたくさんの水を飲まなければいけないのです。
では水分の摂取量が少ないとどんな問題が起こるかという話ですが、特にお伝えしたいのは結石や腎臓病など泌尿器疾患のリスクを高めるということです。泌尿器疾患は犬も猫も死亡原因の1位になっています(犬は15歳以上、猫は5歳以上、出典『家庭どうぶつ白書』)。
猫は若い時から泌尿器疾患に注意が必要で、僕も少なくとも年に1回はうちの猫や実家の猫、保護した猫などの膀胱炎(だいたいストレス性)で病院に駆け込んでいます。
また、腎臓の老廃物を濾過する組織「ネフロン」は壊れてしまうと復活することがないため、腎臓は老化と関係が深い臓器と言われています。長生きしたいなら犬も猫も人間も、腎臓を大切にしましょう。
ここら辺は自治医科大・黒尾先生のお話がとても勉強になりますので、以下のYouTube動画をお薦めしておきます。
■なぜペットフード=カリカリなのか
食事から水分摂取することの大切さを丁寧にお伝えすることができると、多くの飼い主さんが「なるほど」と言ってくれるのですが、それでも長年染み付いた「ペットフード=カリカリ」という固定観念を覆すのは容易ではありません。「分かっちゃいるけどやめられねぇ」というやつです。
ただ、固定観念と言っても大昔からそうだったのかというと、実はカリカリにそれほど長い歴史があるわけではありません。日本で初めてカリカリが販売されたのは1960年代のこと、協同飼料(現:日本ペットフード)の「ビタワン」が始祖のカリカリでした(最初は粉末だったそうです)。
それまでの「残飯」から栄養が計算されたごはんに変わったことは、犬猫の健康維持に劇的な変化を与えました。カリカリが犬猫の長寿化に貢献したことは間違いないでしょう。それだけでなく、カリカリは以下の点でも優れていました。
与えるのが楽
袋を開けて、皿にザザーッと入れるだけ。多めに入れておけば勝手に食べてくれる(特に猫)。こんな楽なことはありません。買うのが楽
大袋に入ったカリカリを買えば安いし、常温で保管できるので買い置きもしやすい。長期保存が楽
水分量が少ないお陰で腐りにくく、大量に買って長期で保存しておくことが可能(油が酸化していくのでやめたほうがいいです)。
たまに「歯石が付きにくい」というメリットを挙げる方もいますが、これにはエビデンスがありません(参照:『小動物の臨床栄養学』)。「プリンよりクッキーのほうが歯周病になりにくいよ!」と言われて「なるほど!」と思いますか? 歯周病を予防したいなら、一にも二にも「歯磨き」です(猫は難しいと思いますが……)。どうやっても無理という方にはロイテリ菌をお薦めしておきます。
ということで、ドライフードは犬猫のためというより、飼い主さんのためという面が強いごはんです。この利便性が非常に強力だったことで、短い歴史の中でも「ペットフード=カリカリ」という固定観念を作り上げてしまいました。
さらに、カリカリのデメリットが注目されてこなかった、固定観念を壊すほどの説得力が無かったという面もあるでしょう。カリカリのデメリットとして挙げられるのは以下の点です。
食事から水分摂取ができない
詳しくは前述した通りです。添加物が多く含まれている
犬猫には関係がない着色料が入ったフードは論外です。動物性油脂でオイルコーティングしたフードもお薦めしません。油が酸化するからで、その酸化を抑えるために酸化防止剤を添加するという負の連鎖が始まってしまいます。粗悪な原料が使われやすい
あくまで「使われやすい」ということですが、見た目が茶色い豆粒なので何が使われているか分からないのが問題です。原材料の最初が肉類から始まらないフード(かさ増し食材で安く作っている可能性)や、チキンミール(色んな部位をごちゃ混ぜにして粉末にしたもの)を使っているフードもお薦めしません。食材本来の栄養素が壊れる
ドライフードはクッキーのように高温加熱してつくるため、ビタミンなど熱で壊れてしまう栄養素が出てきます。その分は添加して補うことになるのですが、「もうそれなら食材いらないじゃん……」みたいな気がしてきます(個人の見解です)。
などなどあります。ただ、病気や寿命に直結しやすい水分摂取の話は別として、2や3、4は実感値が乏しく飼い主さんには響きにくいのが正直なところです。食べていたから長生きしたのか、食べていなかったらもっと長生きしたのかといったことは神のみぞ知るで、「実家の犬(猫)はカリカリだけで長生きした」という話がばっこしがちです。
100歳のおじいちゃんがタバコをスパスパ吸って元気なのを見て「タバコが体に悪いなんて嘘だ!」なんて言う人はいませんよね。健康に関する話は原則として「群」で考えなければならず、個々の事例で語ってはいけません。しかし、ペットフードでは「昔飼ってた犬(猫)は」という話になりがちなのが不思議です。
■ペットフード文化論
ここからはもう少しアカデミックにペットフードを文化として考えてみたいと思います。平野健一郎先生の著作『国際文化論』より、文化触変の過程を示したフローチャートを参考にしましょう。
簡単に説明すると、今までの文化は右上から下に進み、左から入ってきた新しい文化が今までの文化とぶつかりながら次第に受け入れられていく、もしくは拒絶されていく過程を表しています。
ペットフードに関して言えば、「旧平衡」がドライフードで、「伝播」してきたものがフレッシュフードに当たると考えることができます。「呈示」されて「こんなの犬(猫)に贅沢だよ!」と拒絶する飼い主さんもいますが、「選択」して「受容」する飼い主さんもいます。
ドライフードのほうは、粗悪な商品もあるということで「部分的な解体の開始」が起こっています。そこでフレッシュフードを受容する人もいれば、抵抗して「やっぱりドライがいいわ」となる人もいます。ここら辺が現状だと考えられます。
さて、このフローチャートで僕が重要だと考える点が二つあります。
外来文化が自然に新しい文化をつくることはない
新しい文化は旧来文化の解体の上で再構成される
ということです。つまり、「フレッシュフードはとっても良いんだよ!」と言うだけでドライフードに取って代わることはないし、「ドライフード文化の解体」や「ドライフード文化の飼い主さんの抵抗」「ドライフード文化との融合による再構成」なくしてフレッシュフードは新しい文化になり得ないのです。
実際のところ、僕自身も愛猫のごはんを100%フレッシュフードにしようとして挫折(「抵抗」)し、メインはフレッシュフードにしつつもドライフードも必要な時に与えるという「再構成」をしたことでフレッシュフードという新しい文化を我が家に根付かせることができました。
たぶんこのフローチャートはすべてのスタートアップが頭に入れておいたほうがいいもので、「良いプロダクト・サービスをつくれば売れる」というのは左から新しい文化をぶつけているだけにすぎません。ごり押しするパターンもあるでしょうが、それでは一過性のブームしかつくれず、新しい文化はつくれません(タピオカ、生食パン、マリトッツォ……)。
新しい文化をつくりたいのなら自ら旧来文化に飛び込み、共に「抵抗」し、共に「再解釈」し、共に「再構成」すべきです。この過程を外から眺めて、「良いプロダクト・サービスをつくれば売れる」と言うのであれば、それは他人任せで運頼みなチャレンジになってしまいます。
■最後に
フレッシュペットフードのメーカーは国内でもかなり増えてきましたが、新しい文化をつくる段階に達しているところはまだまだなく、「抵抗」で打ち破れていくところも目につくようになってきました。
その理由は「良いフードがつくれなかったから」でも「良いマーケティングができなかったから」でもないと思います。そもそも文化変容のステージに立っていないのです。
自らドライフード文化に飛び込み、共に「抵抗」し、「再解釈」し、ペットフード文化そのものを「再構成」する。
フレッシュペットフードどうこうではなく、ペットフード文化の変容という広い視野でチャレンジすることができるメーカーこそが、新しいペットフード文化をつくれるのではないかと僕は考えています。
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