#ドリーム怪談 「昏がりの中」
雨の降る夜のことだった。当時中学生の僕は、ゲームのオンラインサービスの有効期限がとっくに切れてしまっている事に気づき、慌ててコンビニに行った。
その日の夜は、友人とゲームをする約束があった。オンラインサービスを買わなきゃ遊べなくなってしまう。
僕はカードコーナーでプリペイドカードを手に取り、レジの順番を待つ。とっとと帰りたくてしょうがない。
外灯の少ない暗い道で、聞こえてくるのはカエルの鳴き声と雨音。野生動物が出ようが人が近くにいようが気づきにくいのだ。
それ以上に、カカシが怖い。人の形を成した無機質な鳥避けはもはや人避けだ。
マネキンの頭の下に人の体を模した体を付けたものや、手抜きを極めた生首だけのかかし。まるで人柱のようなものが村の田畑の至る所に立てられている。
昔この地は大干魃に襲われた。生きた人間の血肉を干して捧げる事で雨の恵みを受けたという古い言い伝えがある。その名残として生きた人間に見立ててこのカカシ達が至る所に立てられているらしい。
コンビニから出て傘をさして歩く。靴の中が冷たく、内側の蒸れさえ厭わず歩く速度を上げる。早く帰りたいあまりに、よせばいいのにショートカットで村1番カカシが立てられている畑を通った。
雨水を吸い込んだ地面は少し柔らかくなってはいるが、なんとかなるだろうと思っていたのだ。
生首だけの手抜きカカシや腕のないカカシ、首なしカカシなどが見える度、どきりとする。
むわり、と生臭い匂いが鼻を掠める。歩を進めてみる度に、その匂いは強く、鼻を刺すようなすえた匂いに変わっていく。鉄臭いような、肉の腐ったような、下水の混じったような、むごい悪臭。
雨が降っているというのに、匂いはどんどんキツくなっていく。あまりの悪臭に吐き気を催しつつも、足を止めることはない。
ケロケロケロケロ
カエルの鳴き声がやたら頭に響く。カエルが鳴くのは日常茶飯事だが、いつも以上にけたたましく鳴いていた。
雨が傘に落ちる音が激しくなってきた。畑の真ん中くらいに到達した、その時。
ズズッ、ズズズッ
何かを引きずるような音。
不気味な音に耐えきれず、僕は小走りになった。
ズズズッ、ズズズズ、ズズ、ズズッ
尚も音は大きくなる。何だか分からないが、振り向いてはいけない気がした。
とにかく逃げ切りたい。全速力で走る。
息が上がる。それでも前へ前へ進めた。足が痛い。
ズズッ、ズズズズ、ズズッズズッ、ズズズ
足が痛く、重くなってきた。気を抜いたら、ぬかるみに足をとられてしまいそうだ。
ズズズッ、ズズズズ、ズズッズズッ、ズズズ
ズズズッ、ズズズズ、ズズッズズッ、ズズズ
悲鳴を上げてしまいそうだ。出したら殺されそうだと思い、歯を食いしばった。
走れば走るほど、頭の中にその音が響く。
ズズッ、ズズズン、ズズッズズッ、ズズズ
ズズズル、ズズ、ズッズッズズズズ、ズズン
ズズッズズッ、ズズッ、ズズズズッズズ
ズズッズズッ、ズズッ、ズズズズッズズ
ズッズッ、ズズズッ、ズズズッズズズズ
ズッズッ、ズズズッ、ズズズッズズズズ
息も絶え絶えに、やっとの思いで家についた。弟がその場にいた。その顔はかなり青ざめていた。
「兄ちゃん、どうしたんだよ、兄ちゃん」
弟の声で我に返った。ああ、やっと、家に帰れたんだ。
「あぁ、急いでたんだよ。ごめん」
それだけ言い残して、部屋に戻った。
その晩はボイスチャットを繋げながら、友達とゲームを楽しんだ。
息上がりすぎだろ、そんな急ぐなよ、と友達にからかわれた。
あの時のことはすっかり忘れ、深夜1時過ぎまで遊んでいた。
翌日、僕は昼前に目覚めた。ふらふらした足でリビングに入ると、家族はテレビを見ながら談笑していた。
「村の畑で下半身の無い遺体発見…物騒ね」
「あ、兄ちゃん。おそよう」
おそようと返したら、母は「また遅くまでゲームしてたでしょ。今日は土曜日だからいいものを」と小言を言った。
朝食兼昼食を平らげ、部屋に戻って一休みしている時である。ノックがした。
「開いてるよー」
入ってきたのは弟だった。
「兄ちゃん、昨日のことなんだけど」
僕は一瞬なんの事か分からなかったけど、程なくして「あの音」を振り切った事を思い出した。
「あの時、何も無かった?」
「え?あぁ、友達と楽しくゲームしてたよ」
弟は、本当に?と怪訝そうな顔をしていた。
「なんだよ、どうしたんだよ」
あの事を無かったように茶化そうとした、その時。
「昨日家に着いた時、兄ちゃんに血だらけで足のない人がしがみついていたんだよ?」
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