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モノローグでモノクロームな世界

第七部 第二章
一、

 出番だわ。
そう僕らに小声で告げると、リトリはステージへと戻っていった。
程無くして、開演を告げるブザーの音と共に、今まで灯っていた天井の灯りが消える。

 ステージから溢れた灯りに照らされ、浮かび上がる人々の顔は、どの顔も皆、期待と興奮が入り混じり、今か今かと心待ちにしていた。
そんな表情をしている人をこんなにも沢山、見たのは初めてだった。少なくとも、十月国では、こんな風に大勢の者が一同に会し、何かを期待して待ち侘びる事は無かった。
 ステージに灯されていた最後の灯りが消えると、辺りは一瞬で暗闇に陥る。それに呼応するように、今まで聞こえていた話し声が止み、静寂が辺りを支配した、と思った次の瞬間、その静寂を突き破るように、音の洪水がフロアに放たれた。
 電子音と共に聞こえてきた、ソプラノの声。
リトリの声だ。
音に乗せ、彼女の透きとおる声がステージから零れ落ち、フロア中に満ちていく。
その声に合わせて、照明がステージに彩りを添える。
 音に乗って体を揺らすリトリ。透き通るその声は、どこまでもどこまでも高く、上昇を続け、螺旋を描きながら、人々の元へと降り注いでいく。
その蔦に触れようと、絡ませようと、手を伸ばす人々。
彼らの顔は皆、どの顔も、どの顔も、幸せそうに笑い合い、この場を称えていた。
 彼女は何と歌っているのだろうか。
ケイはその声に耳をそばだてるが、言葉を聞き取ることはできなかった。
ただ一つだけ言えるのは、その音律がとても心地よかったということだけ。
どこか懐かしさすら覚えるその音に、言葉がわからなくても、その意味がわからなくても、ここにいる全員が幸せを覚えていた。

 ここは壁の外だ。
飛行する船の外は、今も常に危険と隣り合わせであり、もしもこの舟がどこかに落下したならば、皆、確実に死を迎えるだろう。
今、この瞬間にそれが起こらないとは限らないのだ。
壁の外に出ることは、死に向かうことだ。そう教えられてきた。
人々を守るはずのトリプル・システムからもThe Beeからも切り離された人間は無力だと教えられてきた。
 それなのに、今、不思議と怖さは無い。

 強すぎる感情は、自らも壊すと教えられてきた。
だから、僕らは音楽も絵画も詩も感情を呼び覚ます全てのものに触れずに
生きてきた。
 それなのに、今、こうして知らない者同士で笑い合い、知らない者同士で、同じことに熱中するこの時間を、僕らは皆愛しいと感じている。
どうして。
どうして、僕らはこんな感情の全てを忘れてしまったのだろうか。
こんなにも、大切なものを。
自分でない、誰かを思いやる気持ちを。
楽しいことを楽しいと感じる気持ちを。

知らず知らず頬を流れ伝う涙を拭った彼の左手を、
流雨が慰めるように握ってくれた。

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