モノローグでモノクロームな世界
第六部 第二章
三、
ミハラ ケイの名を知ったのは、偶然であり、また、今振り返ると必然であったようにも思える。
いつもこの地下空間まで物資を運んできてくれる馴染みの貿易商人が、 『アレグロ・バルバロ』を探している者が居るとして、彼の名を教えてくれたのだ。
大分前のことだ。
あの作品がナインヘルツの検閲に引っ掛かり、『不適切』の評価を受け、この世界から抹消されたのは。
あれから何年も経ったいまになって、あの作品を観ようと思う者が居るとは思いもしなかったというのが正直な所だ。
偽物のリトリに忍ばせたあの暗号を解いてくれるのは、彼かもしれない。
それは、直感であり、もはや確信のような希望だった。
「ミハラ・・・・・・か。」
口にすれば、音にすれば、どこか懐かしさを帯び発せられる苗字。
貿易商人の男は、私にミハラケイの職業や詳細なプロフィールを分かる範囲で教えてくれた。
外交官であった両親を事故で亡くした後は、十月国で祖父に育てられた事。父親の後を継ぎ、ナインヘルツに入ると周囲からは思われていたようだが、彼は父親の後を継ぐこと無く、十月国の入国審査官となった事。
「彼は、十月国で上手くやっているのか?」
「えぇ。とても優秀な入国審査官だと、周囲は評価しています。」
「そうか。・・・・・・父親の心配は無駄だったのかもな。」
「え?」
「いや、なんでもないよ。そうだ、これを。」
「何ですか?」
「ダームシティの特別列車の切符さ。前から欲しがっていただろう。それと、これは、いつものだ。」
私はそう言うと、彼に茶色の古ぼけた切符と小さな手乗りサイズの箱を手渡した。
小さな箱は、小型のラジオだった。
不思議なことに、都市部の富裕層を中心に、この小型のラジオが密かに、
流行っているらしい。貿易商人は、この小型ラジオを私に作らせるかわりに、必要な情報と物資をこのダームシティの地下まで届けてくれる。
私達は、お互いの得意とすることで繋がっていた。
彼は、私にこの小型ラジオを作って欲しいと依頼しに来た時、教えてくれた。
「幾ら、トリプル・システムやTheBeeに矯正されたとしても、人は求めてしまう。
否、だからこそ、余計に欲しがるのかもしれない。
この心の空洞を埋めてくれるものを。
まぁ、まだ心の空洞を感じられるだけましなのかもしれないのですが。」
何も感じられなくなったら、もう終わりですよ。
そう自嘲気味に話していた彼が、手渡した特別列車の切符を使ったのかどうかは分からない。
いつか彼は言っていたからだ。
土地から土地を飛び回ってきた。
そのために、過去も、記憶も、会いたい人も、全て置いてきた、と。