Butterfly Effect 6
「これは?」_ゼンマイ式クロニクル
「じゃあ、こっちは?」_真珠入りハマグリのワイン漬け
「あぁ、君。今、不味そうだと思っただろう。いやいや、誤魔化しても無駄だ。ちゃんと顔に書いてある。
物は見かけによらないぞ。騙されたと思って、一つ食べてみるといい。これが、意外に美味しいんだよ。
ふむ、そうか。試食はいらないと。それは、残念だ。」
僕が丁寧に辞退をすると、店主のおじさんは、残念そうに、茶色に変色をしたそれを瓶へと戻した。
ここは、町に新しく出来た雑貨屋さん。
所狭しとあらゆる不可思議な品々で埋め尽くされた店内は、どこか異国の薫りを漂わせており、来る前は何となく気乗りのしなかった僕だったが、今は不思議な雰囲気の店内に心がわくわくしていた。
「君たちは、森の向こう側からやって来たのかい?」
「はい。森を抜けた先の小さな村からです。」
僕はおじさんの質問に、手の上で踊る小さな緑色の象の背を撫でながらそう答える。
「ほう、そうか。実に素晴らしい。君達が抜けてきた森。あの森は、我々にとって宝物の宝庫なんだ。
だが、遠くてね。行くだけで日が暮れてしまう。暗闇の森程怖い物は無いからね。君達もよく、こんな遠くまでやって来たね。」
そう話すおじさんを僕は不思議に思い見上げた。
確かにあの森は、まともに道なりに進めば半日は軽くかかるだろう。それは遠い昔、村の住民たちが敵から村を守るために、村へ容易に辿り着かせないようにと迂回ばかりの道を作ったからだ。だが、今は平和な時代。
僕ら村の住人は、それぞれ仲間内で安全かつ最短で町まで下りられる道を持っていた。僕は一瞬、その事を話しそうになって、慌てて口を閉じた。
だって、その道は僕らだけの秘密だからだ。僕とアリスだけの。
「あら、知らないの?」
僕と店主のおじさんがその声に店の奥を振り返ったのはほぼ同時だった。
視線の先には、紫色の美しい蝶が先端に止まったピンを持つ、アリスが得意気な表情で立っていた。
彼女は、僕らの視線を一身に受けながら、言葉をつづけた。
「秘密の抜け道があるのよ。」
今日のアリスは、ピンクに白い水玉模様のワンピースを着、足下は黒いエナメルの靴を履いていた。森では非常に浮いていたその恰好も、この店にはよく似合っている。きっと、アリスは今日このお店にくることを想定してこの服を選んだのだろう。だとしたら、成功だ。だって、アリス自身がまるで品物の一つみたいに見えるのだから。
「秘密の抜け道?そんなものがあったのか。
君、もしよかったら、私にそれを教えてくれないか?そうだな。お礼に君が今持っているその蝶をあげよう。その蝶は、ただのピンじゃないんだ。その秘密も含めて。どうかな?」
「秘密?買ったら、貴方はその秘密を教えてくれないんでしょう?」
「あぁ、君は賢いね。このお店は不思議を売る店だ。魔法でも手品でもそうだろ?不思議はいわば我々にとって、企業秘密。人々は常に不思議を追い求め、解明しようとする。もし、その不思議が分かってしまったらそれは、ただのガラクタだ。だから、我々、不思議を商売にする人間は、絶対にこの企業秘密を教えたりしない。
だから、君にその不思議を教えるのは、私なりの最大の感謝の意なんだよ。まぁ、君がその蝶の秘密を知りたくなかったならば、全く意味を持たないんだがね。」
おじさんの声を聞きながら、僕はだけどと思っていた。
だけど、きっとアリスは興味を持っている。
そして、おじさんもその事を分かっている。
僕は必死に駄目だと信号をアリスに送る。
駄目だよ、アリス。
あの道は僕らの秘密。
僕らだけのたった一つの秘密。
そんな僕の気持ちがアリスに伝わったのか、彼女は僕へ顔を動かす。
アリスの視線を受けて、僕はほっと息をつく。
よかった。アリスには通じたんだ。
だが、アリスの口から出た言葉は、僕の期待とは正反対の物だった。
「いいわ。秘密の道、教えてあげる。」
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