モノローグでモノクロームな世界

第二部 第一章 
二、
 てっきり哲学専攻の大学生が書いたのだろうと思っていた私の予想が、あっさりと裏切られたと判明するまで、そう日はかからなかった。
とはいえ、彼女の存在を見つけるまでの私には、その日々は苦痛とまではいかないまでもそれなりに大変な時間であったことは変わらない。

 あの夏の日、さっくりと刺された私は、その原因解明に努めるべく、時間さえあれば、否、無理矢理にでも時間を作ると足しげく隣町の本屋へと通う。ほぼ毎日の如く訪れる客が目につかない筈はないだろう。学生風の若い男というだけで、万引き犯の疑いをかけられ、店内を回る私の後ろを店員がついて回ることも、一度や二度ではなかった。その度に、私は必要のない本を何冊も購入し、彼らの警戒心を解かねばならなかった。
 その内に初めは警戒していた店員達も私に対して次第に警戒を解くようになっていった。数週間経った頃には、近隣の大学に通っているというアルバイトの男子学生と連絡先を交換するまでになっていた。彼らの中では、どうやら私は暇を持て余した予備校生という位置づけらしかった。ほぼ予備校と家の往復の日々で、この本屋を訪れるのが唯一の息抜きのようなものだと何かの弾みで口を滑らせた私に対し、彼はほんの少しの憐みのような表情を顔に貼り付けながら、自分の大学生活がいかに充実しているかを私に滔々と語った。

 あのポップを書いたのは誰なのか。
無論、彼に聞けば、直ぐに判明したことだろう。もしかしたら、その場で本人に引き合わせてくれたかもしれない。
だが、私はついにそれを実行することはなかった。
正直に言うと、心が揺らいだことはあった。なんせ、あのポップの作者を自力で見つける為には、本人が書いている所を直に目撃するしか確認方法が無いのだ。この先、幾ら通い詰めた所で、ついぞ作者に出会えず、あの時、彼に尋ねなかったことを後悔するのではないか。何度、そう思いかけたことだろうか。
 だが、私は彼に尋ねる事無く、店に通い続けた。
そして、彼女を見つけた。
今から思うと、私にとって、あのポップはそれほど、神聖なものだったのだろう。今では薄茶色になり、所々、時を刻んでいる小さな紙。
ピンクや黄色、緑や青で彩られた可愛らしい丸文字と相反するような思慮深い文章。

 それは、まるで氷の一端を切り取ったかのような静謐と静かなる熱に犯された一文だった。
私は、その文章を、その言葉達を見た瞬間に、悟ってしまったのだ。
どうにも適わない人間がこの世にいることを。
そして、私はその事実をまざまざと突きつけらた、あの瞬間をただ守りたかった。

 私の呼びかけにゆっくりと振り向いた君は、とても美しかった。

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