モノローグでモノクロームな世界
第十部 第四章
五、
僕達のこの行為が正しかったのか、それともナインヘルツのように、人々に嘘をついてでも綺麗な世界のまま、留めることが正しかったのか。
あのシステムを止めた今も、その判断はつかないままだ。
無論、人々を助けたい、そう思い行った行為だった。だが、その後の世界がどうなるのかなど、今の時点で誰にも分からない。だから、それが間違っていた行為ならば、罰せられなければならないし、その覚悟はできている。
きっとワームの人々も、同じ考えであろう。
リトリのラジオ・ステーションを通して得た同志の数は、日に日に数を増していったと聞いた。その中には、TheBeeの共鳴装置が停止した事で、本当の世界の姿を見た者も居た。無論、未だ催眠が解けない者も多くいる。
催眠がとけた人々の中には、本当の世界の姿を知り、現状を嘆く者も居たが、それと共に未来をよりよくするために、自らの足で歩きだした者も居た。神代真飛やナインヘルツが思っていたよりも、人々は強かった。
果たして、世界は退行したのか、それとも前進できているのか。
僕が開けたパンドラの函に残っていた物は、希望だったのか。
それは、未だに分からない。だが、望むならば、希望であることを望む。
神代真飛の遺体は、ダームシティの彼の隠れ家で見つかった。人口知能を持つ機械が、彼に寄り添うようにして停止していたらしい。彼の遺体が発見されて程無くして、ナインヘルツの解体を、各国にあるナインヘルツの支部は壁の内外に知らせた。僕こと、ミハラケイがそれを知ったのは、病院のベッドで、サカイで出会った医師からそれを聞かされた時だった。
医師は、TheBeeが止まったのは、恐らく李鳥が残した暗号と、彼が死ぬことの両方が必要だったのではないか、そして、神代真飛は恐らくその事を知っていたのだろうと、話してくれた。彼が自殺だったのか、それとも他殺だったのかは現時点では分かっていない。
副島博士の孫という人が彼を殺したと名乗りでたが、凶器とされる拳銃は見つかっておらず、そもそも神代真飛という人物のIDは彼が殺したといった時刻に他で動いていた形跡があり、また、彼のトリプル・システムには、彼が他者を殺したことに関する記録が一切残っていなかった事から、その身元不明の遺体に関する嫌疑は、証拠不十分で起訴されることはなかった。ちなみに、僕自身のIDについては、どういった絡繰りは分からないが、この病院で目を醒ました時には、自分のIDに戻っていた。
TheBeeが停止してからわかった事だったが、この世界には、心を忘れたふりをしていた人々が沢山居た。
サカイやワームに逃げ込んだ人々以外にも、彼らはいつトリプル・システムにその秘密を暴かれるか恐れつつも、壁の中で暮らし続けていた。
次々とそういった人々が名乗りをあげ、そういった人々の存在もあったのだろうか。今のところ、ワームや僕がやった事に対する批判は表立っては無く、またナインヘルツが行っていた行為に対しても、数々の問題点は挙げられているが、当時のシステムを創ったナインヘルツの人々が、神代真飛を含め既にこの世界に居ないことから、全ての事実が明るみに出ることはないだろう。
TheBeeは、計画通りに共鳴装置のみを停止させ、その他のエネルギー循環や室温管理等僕達がここで暮らしていくために必要な機能は、正常に動き続けている。そういった意味では、この作戦は一先ずの所、成功したと言えるのだろう。
そして、ここからがこの世界が生き残るかの分岐点になる。
それにより、僕らが行った行為も、後々沢山の人々の命を危険にさらした行為として認識されるかもしれない。だが、それでも僕は自分の心の声に、正直に耳を傾け、自分が正しいと思う道を歩き続けるだろう。
何が間違っていて、何が正しいのか。
見える範囲からしか、僕らはそれを導くことができない。たとえ、想像力をフルに働かせたとしても、全ての者に対しての正しい答えを得ることは、とても難しい。
僕らが世界の読みの解釈を正しくできたかなんて、今の僕らの誰にも分からない。
だから少なくとも、間違った時には、間違った事を認め、道を正し、歩み続けていきたいと思う。
病室のカーテンが窓から吹き込む風にあわせて揺らぐ。
新しい世界はどんな光景に見えるのだろうか。ゆっくりとベッドから降りると、窓へと近づいていく。
この明るい日差しは、TheBeeが創り出す人口の光だろうか、そう思いながら。
TheBeeが止まる最後の瞬間、二匹の蜂は、僕に言った。
『この本はこれでお終い。
世界の閉じ方を貴方はもう知っているでしょう?』と。
幻覚かもしれない。だけど、僕にはそう聞こえた。
だから、それでいい。
瞳を開けることなく、ただ羽根を震わせ続けていた二匹の蜂。
助けてくれたワームの一人に、彼らがどうなったのかを尋ねた。だが、彼は不思議な物でも見るように見返した後、そんな物は無かったと言った。発見された時、僕はTheBeeのコントロールルームで、無数のケーブルを体にきつく巻きつけ、気を失っている状態で見つかったそうだ。
そして、真っ白な床の上には、夥しい量の血痕が見つかったという。僕自身の体にはかすり傷程度しか傷が見当たらなかった事から、コントロールルーム内には、事件当時、他にもう一人おり、その人物がTheBeeのシステムの破壊を企てたのだろうと推測された。そして、僕はそれを阻止しようとしたが、逆に犯人の反撃にあい、あの状態で見つかったのだろうと結論づけられた。事件の捜査を担当しているという十月国の政府職人は、犯人の消息どころか情報すら不明なままであり、また今は通常の捜査どころではないという理由で、きっとこの捜査も早々に打ち切りになるでしょうと申し訳なさそうに病室で話してくれた。
政府職員は、最後の聞き取り調査の際に、一枚の硝子の羽根を渡してくれた。貴方が発見された時、大事そうに握っていた物です。本当は規律違反ですが、大切な物かと思いましたし、もうこの捜査はもうすぐ打ち切りになるでしょうから、最後に返しておきます、と話しながら。
その硝子の羽根は、ツツジが加工してくれ、今、胸元でペンダントとして揺れながら、小さなプリズムを創りだしている。
二匹が最後に伝えたように、世界はあの時、壊れた。
あの本は、あそこで終わったのだ。
この先、真っ白な頁にどう色をつけていくかは、僕達だ。
「た、太陽だ!」
どこかからともなく響いた声が、世界中に響いていく。
次いで、
拍手が、
笑い声が、
泣いて喜びあう人々の姿が、そこにあった。
いつか、この街もかつての世界のように、緑が増え、沢山の花が咲くだろう。
いつか、この街もあの街も、かつての世界のように、沢山の色に溢れる世界になるだろう。
君が望んだように。
僕らはこの街で生まれ、育った。
この真っ白な世界で。
そして、今、僕らは世界の色を取り戻した。
明日を夢見て、僕らは歩き続けていく。
Fin