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モノローグでモノクロームな世界

第七部 第一章
一、
 よくこんな巨大な舟をあんな地下に隠していたものだ。
それが、第一印象だった。
ケイは半ば感心しつつ、自分が今いる飛行船の中をぐるりと見回した。

 サカイの地下空間を抜けた飛行船は、外側と内側の世界を分断する壁を
あっさり抜けると、真っ暗な闇の中を飛行し続けていた。

 ポッドと呼ばれる舟の中は、大きく四区画に分かれており、航行を司る司令塔のエリア、食堂やベッドルームが並ぶ居住空間、食糧保管庫や植物等を栽培するエリア、その他のエリアに分かれていた。舟の中に居る人の数は、ケイやルウのようなナインヘルツの検閲を逃れた人々も合わせると、ざっと見える範囲でも三桁近くに上るだろう。
「このポッドは、サカイの所有なんですか?」
大型ポッドを民間人が所有する事をナインへルツが禁止してから、もう随分と経つ。幾らサカイがナインヘルツの影響を受けないという立場を取っていたとしても、これだけの大型ポッドを所有しているとなれば、その事自体を理由に、検閲が繰り返される危険がある。何故、そんなリスクを背負ってまで、大型のポッドを所有するのか。
 彼の質問に答えたのは、ケイとルウの側で壁に貼り付けられた地図を眺めていた背の高い女性だった。
「その質問の答えとしては、ノーよ。この舟の正式な所有者は、私達、ワーム。まぁ、とは言っても、サカイの住人の多くがワームに所属しているようなものだから、イコールに近いのでしょうけれど。
それはそうと、初めて見る顔ね。ワームがどんな集まりなのか、ご存知かしら?」
「・・・・・・何となくは。でも、あの僕が思っている内容があっているかは・・・・・・。」
ワームの一員だという彼女を目の前にして、些か憚れる答えが、咄嗟に頭に浮かび言いよどむと、質問をした女性は彼の代わりにとばかりに、口を開いた。
「ナインへルツに反対する人々で結成されたテロリスト集団。って所かしら。」
「えぇと、その・・・・・・はい。」
「分かってて、貴方はこの舟に乗り込んだの?随分と珍しいことをするのね。最近の入国審査官は。」
「・・・・・・僕は、調べたい事があり、自分の意思でここに来ました。仕事とは何の関係もありません。それに、貴方がたが僕の事をナインヘルツの一員だと疑うかもしれない。それも覚悟の上です。
でも、僕は誓ってただの一介の入国審査官なだけで、ナインヘルツと何の関わりもありません。
 サカイで、医師から聞きました。ワームに居る多くの人が、ホワイトアウトの対象となり、国を転々とさせられた挙句、サカイに追いやられたと。それは本当の事なんでしょうか?」
「そうよ。中には、自ら壁の中の国を棄てた人もいるけれど。多くの人々がナインヘルツによって、国を追われた。サカイにまで追い込まれた人々は、私達のように舟に居住を構え、ワームとして、定住をせずに世界中を飛び回るか、地上で各国に併設されているサカイに暮らすかを選択する。」
「・・・・・・マドカもこの舟に乗っていたんでしょうか?」
「懐かしい名ね。」
「じゃあ、やっぱり。」
「えぇ、乗っていたわ。あの子は、十月国のサカイとこの舟で育った。両方のパターンね。」
懐かしい名に過去を思い出したのだろうか。
過ぎし時を慈しむように目を細めた女性に対し、今まで僕らの会話を黙って聞いていたルウが、彼女に視線を向けると口を開いた。
「ケイト、彼はマドカの最期を見たの。マドカが見つけた相手なのよ。
だから、私はここに連れてきた。私が保証する。ケイはナインヘルツとは全く関係ないって。それに、彼はあのミハラの息子。」
「ミハラの?」
「待って、ルウ、今なんて。もしかして、君は僕の父さんの事も知っているのか?」
「えっと、それは・・・・・・・。」
これ以上言っていいものかと視線を宙に向け、困った表情を浮かべるルウに、彼は代わりの答えを求めるようにケイトと呼ばれた女性へと視線を向けた。だが、彼女は顎に手を当て、考えこむ仕草をしたまま、二人に視線を向けようとはしなかった。
暫しの沈黙が三人の間を満たしていく。冷たい空気が底からゆっくりと登っていくかのように、誰も声を発しない重苦しい空気にが辺りを包みこんでいいった。

 唐突に転がり落ちてきた欠片を呑み込めないまま、時だけが無残に過ぎ去っていくようにケイには感じられた。
父はやはり、ワームと関係があったのだろうか?
外交官という輝かしい経歴の父親の姿に、それはあまりにも似合わない。
だが、あのマドカのスーツケースの中から父の手帳を見つけたあの時から、どこか予想していた答えだったのもまた事実だった。
何故、向かったのか未だにわからない、死の谷で死んでいった両親。思い起こせば、彼らがナインヘルツの外交官として一体何をしていたのか、ケイは今も全く知らない。時折、お土産を沢山持って家に帰ってくる両親は、いつでも明るく、優しい笑みで彼を包みこんでくれた。その思い出だけで十分だった。それ以外は何も知ろうとしなかった。
 マドカは父の息子だと知って、ケイに近づいたのだろうか?あの出会いは偶然でも何でもなく、最初から仕組まれていたものだったのだろうか?
だが、一体何のために?
 つきては消えていくとりとめのない疑問の数々に対する答えを、ケイは何一つ持っていない。そのことが余計に彼を不安にさせた。

 どのぐらい時間が経っただろうか。
三人の間に流れる沈黙を破ったのは、後ろから聞こえてきた透きとおる声の持ち主だった。
「それには、私がお答えしましょう。」
凛とする響きを持った不思議な声。
その声の先に立っていた彼女の顔を見た時の衝撃は、ケイにとって、言葉にすることのできないものだった。

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