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アラベスクもしくはトロイメライ 26

第五章 五

 真っ暗な海岸は、静かすぎる程で、私達二人は何処かから流れついた流木に腰かけながら、ただ黙って静かに行き来を繰り返す波を、もう何時間も見つめていた。遠くにぼんやりと浮かぶ町の灯りの下には、今日も沢山の人々が眠る。
明日を夢見て、今日を少しだけ回想して。
そんな少しだけの幸せを、私も華唯も風花も、皆、壊そうとした。
だから、これは罰なのだ。
お互いがお互いを罰しあうという悲しい罰。
そして、残るのは私と華唯だけ。


「華唯、私のこと、壊していいよ。
本当は、ずっと、壊したかったんでしょ?」

 どうして、気がついてしまったのだろう。
何年も前の12月24日。風邪をひいてしまった私の代わりに華唯が、飼育係を引き受けてくれた。その翌日、飼育小屋の兎は近くの女子高の校庭で無残な姿で発見された。
何年も前の12月25日。中学の教室で飼っていたハムスターが居なくなった。それだけじゃない。私と華唯で名前をつけた子猫も、近所の公園でよく見かけた野良犬も。
バラバラになってしまった欠片には、何も残らない。
だから、私はいつだって、それらを見ない振りしてきた。
「ごめんね、もっと早くに気づいてあげられなくて。」
「なんで謝るの?それ、冗談のつもり?砂奈は怖かったんでしょ?
私があんな事してるって認めちゃったら、あんたは黙っていられないし、もう、私と付き合えない。また、孤独になるのが。」
私の罪は死にたがりではなく、傍観者で居た事。
「でも、今、全てが解っても、私の華唯に対する気持ちは変わらない。華唯の事が大切だから、華唯が満足してもうこんな無意味な事、止めてくれるなら、私は華唯に壊されてもいいよ。」
「・・・・・・何それ、意味、わかんない。馬鹿みたい。」
「そうだね、私達、皆、馬鹿みたいだね。」
「・・・・・・ねぇ、何も考えなかったら、私達、皆、幸せだったのかな?気づかない振りをしていればよかったの?自分のこととか、この先の未来とか、世界とか、自分との境界線とか。」
「・・・・・・そうかもね。でも、きっと考えちゃうのよ。私も華唯も、風花も。だって、私達は歪な幾何学模様なんだから。」

 貝殻を耳にあてて、無邪気に笑いあう私達は、この先の逃れられない結末を知っているけれど、今日だけは、それらから傍観者でいる事を選択する。それができるのは、あと少しだけと解っているから。永遠に満ち引きを繰り返す白い波が、海辺を攫っていく。
月光が静かに、少女のままで居られない二人をそっと照らし出した。
そうして、夜が明けたら、私達はまたいつもの私達に戻る。
死にたがりの樋賀砂奈と、
壊したがりの志摩華唯に。

 

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