モノローグでモノクロームな世界
第九部 第三章
一、
「貴方を殺すため?」
地下深いこの部屋はまるで時間という概念から取り残されてしまったかのように、何の変化も無かった。
時計も無い。
カレンダーも無い。
トリプル・システムによる昼時間も夜時間も無い。
ただあるのは、昨日と変わらない毎日だけ。
壁の中の世界に慣れているはずなのに、その事を意識した瞬間、
無性に息苦しさを覚えた。
時間に置き去りにされた空間。
そこに取り込まれていくような感覚に、必死に抗う。
そして、一つの思い出と共に、そこに行き当たった。
色の無い部屋でそれだけが色を放っているように、ケイの目には見えた。
昔、父と見た短編のアニメーション映画。
白と黒の世界は、子供が興味を惹きそうな奇想天外な登場人物で溢れていた。蛇のように美しい鱗を身に纏った女。背に羽を持つ者達。
空から降って来た天上人。大きな翼で雷雨の中を駆け抜ける馬。
ケイが生まれた頃には、もう既に発禁扱いになっていたあの作品を、父がどういった経緯で手に入れ、どういった意図で観せてくれたのかは分からない。
ケイの視線が部屋のある一点で止まっていることに気づいたのだろう。
神代真飛が不思議そうな顔で彼に尋ねた。
「ミハラ君、君はあれが気になるのか?」
「アレグロ・バルバロ・・・・・・ですよね、あれ。」
唐突に作品名を覚えだした。
父が亡くなってからずっと探していた作品。
誰の作品かも、作品名すら分からなかった作品。記憶の断片を繋ぎあわせた彼の話から、似ている作品がサカイの闇市に売られていると教えてくれた貿易商人は、今頃どうしているだろうか。
「知っているのか?アレグロ・バルバロを。」
「はい。昔、父が観せてくれました。僕はあの作品が大好きで、でも、いつの間にか、家から消えていて。
だから、探し続けていたんです。
でも、それと同時にずっと探すのが怖かった。
探し当てて手にした瞬間、またあの時と同じように消えてしまうのではないか、と。十月国に出入りしていた貿易商人が、僕の話を聞いて、似た作品が十月国のサカイの闇市で売られていたと教えてくれました。でも、見つけられなかった。だから、きっともうこの先見る事は叶わないと思っていました。それが、こんな所で出会うなんて。」
「ミハラは、この作品を知っていたんだな。私は彼と、李鳥について話した事は無い。でも、彼の嗅覚は鋭いから、どこかで私と同じ匂いを感じたのかもしれない。」
「リトリが関係しているんですか?」
「あぁ、違うよ。君が知っているリトリではない。
李鳥。漢字で書くとこう書くんだ。君は、漢字が読めるんだろう。」
そう言いながら、真飛は、ケイの手の平に漢字を指でなぞる。
李・・・鳥・・・。
「似鳥 李鳥。彼女はまだこの世界が出来上がる前に、私の隣に居た人だった。」
「その方は今どこに?」
「死んだよ。この世界が創りあげられる原因となった、あの惨劇に巻き込まれてね。
私はね、ミハラ君。彼女の残した物に縋ってここまで生きてきたんだ。
この作品にしてもそうだ。彼女が残した物を、私の手で電子空間の海に流した。何れ、発禁処分になるのは誰よりも分かっていたからね。その前に、一人でも多くの者に彼女を知って欲しかった。
それこそ、残された私が出来る事だと思った。
彼女が居た証をこの世界に刻みつける。
私の推察通り、ナインヘルツは大海の中から数多の書物や絵画、音と一緒に、発禁処分にした。だが、人から人へ、そういった作品は、サカイの闇市へと流れつき、今も守られている。
ミハラも、恐らくそこで手に入れたのだろう。
・・・・・・観ていくか?」
「はい。」
ケイのその返事に、彼は子供が褒められたように嬉しそうな笑みを浮かべるとソファから立ち上がった。
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