モノローグでモノクロームな世界
第五部 第二章
一、
「・・・・・・噂で聞いたことがあるかもしれないが、俺はその昔、少しだけサカイに住んでいたことがあるんだ。」
そう切り出した副島は、部下に対しどこまで話し、どう繋ぎ合わせれば妙な誤解を与えないか、頭の中で話す内容を構成していく。
副島の出自は、十月国併設のサカイ、つまり、今、車を走らせているまさにその場所だった。
と言っても、彼自身には殆どサカイに居た頃の記憶はない。
彼の祖父は、界隈では有名なナインヘルツ反対派の学者だった。
といっても生粋の反対派というわけではない。なぜなら、彼は大戦後発足されたばかりのナインヘルツの創設者の一人だったからだ。
今の世界の根幹を為すトリプル・システムやThe Beeの原形を創るプロジェクト・メンバーだった祖父が、何故、一転してナインヘルツ反対派に回ったのかは、家族にも祖父が死んだ今でも分からず仕舞いのままだった。
だが、一つだけ言えることは、当時、ナインヘルツの本部の側で暮らしていた副島一家にとって、それはまさに晴天の霹靂とも言える事態だった。
祖父と共に、ナインヘルツをそして、国を追われた両親と一人息子だった副島は、ナインヘルツからの追手に追いつかれないように、東方の辺境の地、サカイに逃げ込むしかなかった。幸い、副島だけは、彼の叔父に引き取られ、副島
を名乗り十月国で暮らすことができたが、彼の両親は慣れないサカイでの暮らしに心身共に疲れ果て、母は病死、父に至っては事故のような自殺を遂げていた。
全ての元凶を作った祖父は、ナインヘルツに反旗を翻した後は、暫く表に出てくることは無く、彼の生死について誰も分からず仕舞いの状態だった。
それが、突然、ナインヘルツに就職したばかりの副島に、会いに来いと手紙を寄越したのだ。
手紙の真偽は兎も角、両親を殺された文句の一つでも行ってやろうと、指定された場所に行くと、そこに現れたのは祖父ではなく、ワームの代表を名乗る男だった。白いコートを着込み、黒い帽子を目深に被り、濃い色のサングラスを付けたその男合、数日前に祖父が亡くなった事を彼に告げ、祖父が執筆したという論文を彼に手渡した。
「君もそれを読めば、何故、彼があんな行動を取ったのか分かるだろう。」
「貴方は祖父とどういった関係だったのでしょうか。」
何故、今になって会いに来たのか。本当に、祖父が亡くなったのは数日前だったのか。
だが、副島の問いに白いコートの男は答える事は無く、代わりに、この世界が綺麗などとは程遠いということを君にも知っておいて欲しいかっただけだと告げた。
白いコートを着込んだ男の後ろには、純白の機体が眩しい舟が一機、停まっていた。外からはその船内を伺いしることはできないが、恐らく、副島が彼に対し、おかしな行動を取らないように幾人もの武装した人間が彼らの様子を見守っているのだろう。常日頃から物騒な場所にも、頻繁に赴くことがある彼の経験がそう告げていた。
ワームを見たのはその一回だけだった。
ナインヘルツに入ったばかりは、副島の出自からワームの一員だった人間が、ナインヘルツ側に寝返ったと思われることが頻繁にあった。更に言えば、ワームのスパイとして、ナインヘルツに入ったのではないかと、あからさまに言われたことも一度や二度ではない。
それは彼の経歴、出自、祖父との関係を見れば、確かに納得のできる説でもあった。自分と同じ境遇の人間が居れば、副島とてその疑いを持っただろう。だが、副島自身の考えで言えば、それは考えられない事だった。
副島は今でも思っている。
両親が語る祖父は、とても心優しいが気の弱い男だった。そんな祖父が、自分の息子やまだ幼い孫の人生を犠牲にし、ナインヘルツに反旗を翻すなど、そんな大それた事をするだろうか。あの論文を書いた故に、ワームに、否、あの白いコートの男に目を付けられ、まるで社会に反する謀反人のように、祭り上げられたのではないだろうか。
幾ら反した意思を持つ者でも、きっかけや先導者が居ない限り、あからさまな行動を起こすことは難しい。それが有象無象の衆であれば尚更だ。
何か自分達の行動が正しいという列記とした確証と、人々を引っ張っていける先導者の存在が必要だ。
ナインヘルツの現役高官、この世界のシステムの創始者という立場、更にナインヘルツのシステムに関する重大な欠陥を論じるあの論文。それは、余りにも彼らが求める物と者に、ぴったりだったのではなかろうか。
無論、祖父は根っからの学者だ。それも人々を引っ張っていけるような吸引力も無い。恐らく彼は祭り上げられただけで、その裏には、あの白いコートの男やあの男のような存在が居たのだろう。
副島の読みが必ずしも当たっているとは限らない。
むしろ、祖父がワームと関わり合いを持っていなかった事を長年、望んできた。
だが、あの論文をワームの代表だと名乗る男が持ってきた時点で、彼がナインヘルツで果たすべき命は、就職したてに誓った事柄とは変わってしまった。
ただ、今は知りたかった。
祖父の事を。
何故、自分達はナインヘルツに追われたのか。
そして、祖父の論文の正否を。