モノローグでモノクロームな世界
第二部 第二章
二、
それでも人間という物は存外、逞しくできているらしい。
個人差はあれど、三日も経てば多くの者がこの集団の一員として、生き続けるために各々の役割を演じ始めていった。
いつか終わりが来るというその希望に縋りつくために、皆が前に進み始めていった。
無論、全員ではない。
私のように、絶望から抜け出せない者も居た。不安や突然、放り込まれた現実に憤ることも無く、目の前の問題をただひたすら解決する為に、奮闘する彼らは、私の目には眩しく映ると同時に、不思議な生き物を見ているような気分にさせた。
「貴方も私達と一緒に働きましょう。動くことで気持ちも幾らか紛らわすことができるかもしれません。それに、貴方が一日中そこに座っていても、その方はもう戻りません。」
リーダー格としてこの集団を取り仕切っているあの口髭を蓄えた男が、そう私に話かけてきたのは、この集団生活が始まって少し経った頃だった。
どうやら彼は、私が無気力に苛まされているのは、彼女が亡くなった事に衝撃を受けたからだと考えているようだった。
無論、それも大きいのだが、私が彼らと一緒に働かなかったのは、第一に私自身の意志であることに、彼は恐らく露とも思っていなかったであろう。
何かにつけ、彼は爆風で皹が入ったという丸眼鏡を鼻に押し当てながら、私に話しかけ、集団の輪の中に引き込もうと取り計らってきた。
無気にするもの面倒になった私は、時に男の誘いに乗りつつ、時に男をそれとなく避けつつ、何とか輪の一角に留まり続けた。
人々と行動を共にしても、やはり私にはどこか彼らが理解不能な生き物にしか見えなかった。彼らとて、大切な人や物、日常を、一瞬に、それも理不尽に奪われたのだ。それなのに、どうしたらこうまで明日を見られるのだろうか。
「皆さん、勿論、忘れたわけではないのです。言葉にすることは無いですが、貴方のように、常に頭の中にあります。ただ、不必要以上に考えないようにしているだけなのです。人間が動物と違うのは、考えるという思考がある点です。
私は思うのです。それと同時に忘れるという意志があるという事も、動物と違うのではないかと。哀しみの忘れ方は、人それぞれです。だから、皆さんと同じやり方が、貴方に全て当てはまるわけではないでしょう。ですが、試してみる価値はあると思うんです。」
その言葉に従い、何度か周囲の人々と単純な作業をこなした。
食糧の在庫管理に、ここに暮らす人々の管理作業。シェルターにある電子機器等の修理。やるべき事は、こんな閉鎖空間だというのに、山ほどあった。
確かにそれらの作業は時間を使うという点においては、完璧だった。完璧にこなそうと思えば思う程、時間を忘れて作業に集中する。
なるほど、男が言っていたのはこういう事だろうか。
だが、私の場合、その『忘れる』時間は長続きしなかった。
男はそれでも様々な事を私にさせた。特に機械やプログラミングを扱うことに長けていることを見つけると、彼は何かにつけて私に様々な提案をし、私は彼の望む通りの物を施していった。この狭い閉鎖空間を生き抜くためには、私にはこれしか残っていなかった。
そうして、幾らか経ったある日、男は或る提案を私にした。
それは、ある程度、覚悟していたことではあったが、私は男の言葉に対し、ただ首を振り、男の提案を突っ撥ねた。彼に対して今まで従順的な態度を取って来た私のその抵抗に、彼は少し驚いたような、怒りのような、ない交ぜの表情を一瞬だけその顔に浮かべた後、すぐにいつもの微笑みを取り戻すと、考えといてくれとだけ言って私の前を去っていった。
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