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モノローグでモノクロームな世界

第九部
第二章 一、

  白い家具を基調としたこじんまりとした部屋。
それが神代真飛の隠れ家だった。
白い机、白い椅子、白い本棚、白いベッド。
ダームシティの中は、色で溢れているにも関わらず、まるでこの部屋だけ取り残されたように色が無い。
 リトリによく似た女性は、真飛とケイの前に温かいお茶を注いだカップを置くと、静かに二人の前から立ち去っていった。
 温度のある食べ物を口にしたのは、いつ振りだろうか。
程よい温かさが身体中に広がっていくのを感じる。
それが、何故だか涙が出る程、嬉しかった。
自分の体と心は、確かにここにある。
そして、それは誰かによって管理されるものではなく、自分自身の意志の下、管理されるものなのだ。
「さて、どこから君に話そうか。」
「大体の事は、ポッドの中でリトリから聞きました。だけど、出来れば貴方自身の口から聞きたい。父やマドカの事も。」
「そうだな。では、まず君の父親の事、そしてマドカの事から話そうか。

君の父親と出会ったのは、私がナインヘルツを出て、ワームを起ち上げて暫く経った頃だった。彼のお陰で、私は今こうして生きていられるのだろう。そうでなければ、とっくの昔に、ナインヘルツに抹殺されていた。

 ミハラは、自殺者が増えた原因の一因にTheBeeのシステムがあると気づいていた。

TheBeeの振動音を利用した共感覚。それは、人々に、一種の集団催眠を引き起こした。正常に催眠がかかった者にとっては、目の前の壁の中の世界は、奇麗な楽園のように映るだろう。だが、TheBeeの共感覚も、トリプル・システムによるコントロ―ルも効かない者にとっては、壁の中の世界は、楽園どころか、荒れ果てた世界として映った。彼らは比率でみれば、極少数だ。だが、それ故に、周囲から孤立していった。
狂っている。
頭がおかしい。
そんな言葉で罵られ、絶望し、死んでいく。
何故彼らの多くが、死を選んだのか。
 誰にも自分の言う事が受け入れられなかったからか?
目の前の光景に絶望したからか?
嘘つきな世界に未来を見れなくなったからか?

 私も君の父親も、副島博士も、そしてナインヘルツも彼らの自殺の原因を調べた。原因が分かればその原因を取り除けばいい。だが、結局、彼らが何故自殺を選ぶのか分からないままだった。
そして、ナインへルツは自殺者の増加を隠すことを決めた。分からなければ事実そのものを消してしまえばいい。その対策として、自殺の傾向がある者、つまりは感情をコントロールできない者を壁の中から追いやることに決めたのだ。

 ナインヘルツがそんな政策に変更した頃だろう。君の父親が、君が色を感知できる事を知ったのは。
色を感知するもの。感情を抑制できないもの。それは、ナインヘルツが自殺者の傾向特徴として挙げている物だった。
君の父親は、自分の息子が、壁の外へと追いやられる危険性を持っていることを知ってしまったんだ。
だが、それと同時に、本当の世界の姿を見ることができる君達の才能は、やがてこの世界を正しい道へと戻してくれると確信していた。
 だから、TheBeeの振動音による共感覚がかからない君に対して、少しでも壁の外へと追いやられずに、だが、その才能を根本的に排除されないように、君に強い心理的な暗示をかけた。そして、いつか君が本当の自分を受け入れる事ができる時が来たら、その暗示を解くことができるように、暗示を解く方法をマドカに託した。君に色を見せる。それが君の暗示を解く方法だった。方法はどうであれ、マドカもまた、君に未来を託した一人だった。

 「副島博士が、私やワームに協力をしたのも、君の父親と似たような理由だった。彼の幼い孫が、君と同じように、トリプル・システムの閾値を越える判定を何度も博士の検査により、はじき出していたんだ。
 年齢が上がり、正式な検査が行われる前に、君と同じように彼を矯正する方法もあった。だが、副島博士はそれをしなかった。本当は、ここに連れてくるつもりだった。そう、彼は話していた。だが、博士の判断に彼の息子夫婦は猛反発をしたそうだ。ワーム堕ち。それがどうしても、彼らのプライドが許さなかった。結局、それ以来息子夫婦も孫とも会えずに彼は死んでいった。孫の行方が分かったのは、副島博士の死後、孫がナインヘルツに所属した時だ。」
「ナインヘルツに、ですか?でも、トリプル・システムの閾値を越える判定が出たって。」
「どうやら、彼の息子夫婦は、結局、各地を転々とし、最終的にサカイで死んだそうだが、その後、孫だけ保護され、遠縁の親戚筋に預けられたらしい。きっと、そこでより強い強制プログラムを受けたのだろう。皮肉な事に、彼は、ナインヘルツの検閲部隊の隊長にまで昇り詰めた。もしかしたら、君も知っているかもしれないな。なんせ、彼は十月国隣接のサカイを取り締まる部隊長だからな。」
「お詳しいんですね。」
「あぁ。博士の遺言に従い、我々が彼を探しだし、そして博士の論文を手渡したのだからな。」
「論文ですか?」
「トリプル・システムや、TheBee、この世界に関する研究結果だ。彼が我々に協力をしてくれれば、我々が成し遂げようとしているナインヘルツの解体の成功確率が確実に上がるからな。」
「それで、結果は?」
「今まで何の音沙汰もないよ。」
「そのお孫さんにとっては、ワームに加担した副島博士は、両親を殺した敵、なんでしょうね。」
「まぁ、そんな所だろうな。」
「その検閲官の名前は何というんですか?」
「副島彰吾だ。知っているか?」
「いいえ。博士の論文は、今も彼の所に?」
「あぁ。生憎、そんな訳で君に科学的な根拠を示すものはなにも私達の手許には残っていない。だが、よく君は我々の話だけで信じてくれたな。」
「・・・・・・明確に、貴方達の言う話が正しいのか、正しくないのかは自分でもよくわかりません。僕は専門的な知識は持ち合わせていないし、これまで一度たりとも、ナインヘルツのやり方に異論を持ったことも無かったのですから。
でも、それは僕が考えようとしなかっただけに過ぎないのだと、ワームやサカイで出会った人たち、それにマドカやリトリ、ルウ達が教えてくれた。彼らは初めて会った僕の事を信じ、話してくれた。入国審査官の服を着ていた壁の中の僕としてではなく、ミハラケイとして信じてくれた。
だから、僕も彼らの事を信じてみてみようと思っただけです。」
「・・・・・・そうか。」
 神代真飛は、そう一言だけ告げ話を区切ると、テーブルの上に置かれたままの白いコップに手をかけた。
ちらつく蛍光灯の灯りに照らしだされる彼は、若々しく、自分と大して変わらないようにすら見えた。
 彼やリトリの話を合わせ総合的に考えるならば、少なくとも、彼は生きていれば父と同じぐらいの年齢の筈だ。
それなのに、あの見た目は、この地下生活のせいなのだろうか。
不思議に思う視線を知ってか知らずか、彼は一息をつくと、また静かに話し始めた。 

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