モノローグでモノクロームな世界 第一部 第二章 一
一、
浄化プログラム。
別名、ホワイトアウト。
それは、十一歳を迎えると同時に受けることが義務付けられている衛生プログラムの総称だった。
過去の過ちにより、この世界は一瞬にして、沢山の尊い大地、資源、そして生命を失った。利己的に、あるいは保守的に、各国の代表と呼ばれていた人々が次々とボタンを押したが故に、沢山の人が傷つき、永遠に失われていった。
ドミノ倒しのように呆気なく崩壊していく世界。
映像に映し出されるそれは、僕ら現代に生きる人間からすればフィルム上の過去の惨劇に過ぎない。現に映像から窓の外へと視線を移せば、背の高い建物が連なる整然とした美しい光景がそこかしこに広がっている。
だが、フィルムの中のモノクロームな人々が一瞬で塵と化する姿に、僕は何度も叫びだしそうになる。
「ご覧頂きました通り、今のこの世界があるのは、彼らの犠牲のうえなのです。
衛生歴0年。西暦に換算すると、2038年。白い雲がありとあらゆる都市を、地を、山々や海洋をあっと言う間に飲み込み、人も植物も動物も、沢山の尊い命が一瞬で無と化しました。
幸いにも、一部の人々は地下シェルターへと逃げ込み生き残ることができ、今の私達がいる。ですが、私達はあの無用な争いにより、多くの命、尊い日常、誇り、文化、全てを失ったのです。
地下から出た人々が初めに見た光景。
それは、果てしなく続く無でした。」
教壇に立つ女性の衛生委員が話すスピードに合わせ、僕らの前のスライドが切り替わり、スクリーン一杯にどこまでも続く白い荒れ果てた大地が映し出される。
昔、お祖父ちゃんから何度も聞かされた壁の向こうの光景。
今でこそ、この国も建物が整然と立ち、交通網が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、空気も温度も何もかもが徹底的に住みやすいようにと管理されているが、ひと昔前はスクリーンに映しだされているような、壁の向こうと同じような荒涼とした光景が広がっていたとよく聞かされたのを僕は思い出す。
「残された人々は、ある取り決めをしました。
それは、世界を破壊させたあのボタンを押したような利己的な人間を、もう二度と生み出さない。その為にも私達は皆、本当の平等にならなければならないと。
利権や身勝手な優劣、宗教や文化などの思想、性別や体格、人種、環境の違いで無用な争いが起こらないように、奇麗で美しい、誰も傷つかない、誰にも傷つけられない世界を創る事を、私達、人類の共通目的とする。」
衛生委員はそこで一度口を閉じると、教室内をぐるっと見回した後、また話始めた。
「無からの再構築は、とても大変でした。何年も、何十年も、様々な人々が一丸となり、再生と構築を繰り返し、模索しながら現在のこの綺麗で美しい世界が出来上がっていったのです。
全ての破壊は再構築へと繋がった。
今ならそう言えるかもしれません。」
続いてスクリーンに映し出されたのは、白い壁の中で宙を見つめる少女と携帯食糧を友人達と一緒に食べる老人達の姿だった。彼らの後ろでは、前方を向き、何処かへと足早に去っていく白服の青年たちの姿が映っている。
それは、僕らが知っている当たり前の日常だった。先程までの光景とは異なるその見慣れた光景に、今まで息を詰め、食入るように映像を凝視していた隣の席の男がほっとしたように息を吐き出す音が僕の耳へ届いた。
彼も僕同様に、何処かで強すぎる刺激を受け、自らの感情を抑制することができなくなり、この浄化プログラムの対象者に選別されたのだろう。僕らの前で話している衛生委員は、席に着いた僕らに対して講義の冒頭、こう述べていた。
「大丈夫です。一過性の感情はすぐに元に戻せますから。」
僕らが暮らす十月国の中心部にある浄化プログラム用の施設は、十月国の衛生管理局の敷地内にあった。広大な敷地の入り口では、顔の周りに大きな鬣を生やした二頭の獅子の象が迎え入れてくれる。その間を通り抜けると、正面に衛生管理局、右隣にナインヘルツ東方支部、衛生管理局の左隣には、浄化プログラム用の施設がある。三施設は地下で繋がっており、地下施設は、ナインヘルツの職員のみが出入りできる。
僕らが今いる浄化用プログラム用の施設は、地上から真っ直ぐ伸びる二本の円柱と波型の建物が特徴的な外観になっており、この独特な形は、昔この国にあった庭を模した物だと言われている。地上四階建て地下の階層については非公開とされており、各階層によりプログラムの受講レベルが異なる。
浄化プログラムとは、十一歳を迎えると同時に受けることが義務付けられている感情抑制プログラムの一貫だ。感情コントロールが上手くできない場合、より重いレベルの受講に推移していき、受講レベルが重くなる程、階層が下になる。だが多くの場合、臨時プログラムであっても、義務付けられている初回のプログラムであっても、第一レベル止まりもしくは第二レベルまでの受講が大半を占める。それもこれも全て、机の上に置かれた白く光るカプセル『トリプル』のお陰による物だった。
否、それだけでない。僕らの健康も生活も全てがトリプルに依存していると言える。
「今では当たり前に私達の日常生活に登場するこのトリプル。
この薬は、私達が健康的な生活を送るために、大変重要でかつ大切な役割えを担っています。
ナインヘルツ宣言。この宣言を正確に言える方はどの位いらっしゃいますでしょうか。皆様も幼い頃、学校や家庭、あるいは浄化プログラムの中で、少なくとも一度は聞いたことがあるかと思います。
ナインヘルツ宣言でも宣言されているように、健康とはただ単に体のことのみを言うのではなく、精神的にも、そして社会的にも健康的であり、幸福な状態を指します。私達がこの世界でそんな生活を送れるようになったのも、このトリプルのお陰なのです。」
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