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モノローグでモノクロームな世界

第十部 第三章
三、
 二重の壁の近くに、付属品のように建てられた小さな建物。
それが神代真飛から教えてもらったTheBeeのシステムを司る建物だった。建物の付近には、見渡す限り、警備の者も警備システムも見当たらなかった。この世界を創っているシステムがこんなに野放しな状態とは。神代から教えられていなかったら、ケイ自身、この小さな建物内に重要なシステムがあるとは信じなかったであろう。
 外側の壁に、ここまで近づいたのは、十月国のサカイを訪れて以来だ。あの街で出会った医師は、あの時、無事に検閲から逃げられたであろうか。
 十月国のサカイで行われた検閲により、ワームの人間も少なからず亡くなったと聞いた。その後、亡くなった人々のリストの中に医師の名は無かったと流雨から聞いた。
 だから、彼はきっと今も生きていると、信じている。いつか、できる事ならば、彼とマドカの思い出を共有したいと思っている。

 建物のドアに取り付けられている認証装置に、神代のIDを読み込ませると、カチッと音がし、ドアが開錠された。ケイは、ドアノブを回すと、建物の中へとその身を滑りこませた。

 もう長い事、室内には誰も足を踏み入れていないのだろう。壁の中の清浄な空気を管理している場所だというのに、黴臭さと機械の油の匂いが入り混じり、清浄な空気に慣れた鼻腔を刺激する。
 埃や塵が堆く積もった床をそろそろと進みながら、壁沿いに手探りで探し当てた電気のスイッチを押すと、幸いにも、天井の照明は、ニ、三度、明滅を繰り返した後、朧気な灯りを室内に灯した。
 灯りに映し出された建物内は、窓も無い倉庫といった風情だった。巨大な長方形の機械が部屋の中に九つ、円形に配置されており、そこから伸びる無数のケーブルが床を埋め尽くしている。
一体、どの機械を止めれば、TheBeeは止まるのだろうか。
ケイは、長方形の機械から伸びるケーブルを辿りながら、建物内を回る。
 そして、それに気が付いた。
「・・・・・・蜂?」
円形に配置された九つの機械に守られるように、部屋の中心に置かれた硝子のケース。硝子ケースから伸びるコードはそれぞれ九本で、一本ずつ九つの機械に接続されていた。
 硝子ケースの中に入っているそれらを、彼は他に何と言って表現すればいいのかわからなかった。
咄嗟に彼らを見て出てきた言葉は、真飛が話していたTheBeeは蜂だからという言葉だった。二匹の蜂は、どちらも、顔も体も人間の子供の姿をしていた。自然物にも見える程の、精巧な造り。彼らの背から、突き出る透明な羽根が無かったならば、人間の子供と思い込んだ事だろう。
 真飛が言っていたTheBeeは蜂だから。
彼らが、TheBeeの本体だ。
そして、彼らは神代真飛が創り出したシステムだ。
そう分かっていても、それらは創り出された物とは思えない程、自然だった。彼らの手から伸びるコードが、硝子ケースを通し、周囲の機械に繋がっている。恐らく、それらのコードを通してデータが送受信され、外の壁に、九つの国の世界へと送られている。二匹の蜂は、膨大なデータを絶えず処理をし、データを処理する度に、背の羽根を細かく震わせる。
元々、機械は独立して作動していた。後から、感情抑制コントロールの為に、取り付けられたのがあの蜂達の共鳴装置だ。

 TheBeeの羽音は、文字通り、蜂の囀りだった。
あの蜂の動きを止めれば、TheBeeの共鳴装置も止まるのだろう。
ジジ・・・・・・ジジ・・・・・・・ジジジ・・・・・・・。
目の前に立っていても耳に届くか、届かないか程の小さな羽音。
 だが、一度でもその音に気づいてしまえば、頭の中に直接蜂が入りこんだかのように、絶えず音を認識してしまい、その音はずっと消えない。不快な羽音が頭の中で鳴り響き続ける。
 TheBeeの共感覚に陥った者は、即座に音を認識してしまう。音を認識してしまったら最後、自我を保てなくなる。
蜂達が起こす幻想に取り込まれるんだ。
私も時々、その後遺症に悩んでいる。どうか、君も気を付けて欲しい。君は、TheBeeの共感覚に陥っていない。だが、あの場所で陥れば、すぐさまあれに取り込まれるだろう。
 そう神代真飛に忠告された事が脳裏によぎる。
そうでなくても、ここには長居したくないのは事実だった。

 聞こえないように、聞かないように、認識しないように。
やる事に集中しようとするケイを嘲笑うように、この建物に入ってから徐々に大きくなる、頭痛と吐き気。この部屋に居るのは、危険だと、本能が彼に告げていた。
それでもやらなければならない。
 ケイは睨みつけるように、硝子ケースの中の、二匹の蜂を見つめた。

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