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アレグロ・バルバロ 13

それからの日々は地獄のようだった。

アレグロは翼を失ったことを気にしていない振りをし続けた。
そんな事は無理な癖に。
そして、一番最悪的だったのは、それをさせているのが自分だという事だった。
あれから、彼はまるで何もかも諦めてしまったように、悲しそうに笑う。
その笑顔がハナは、大嫌いだった。
修復できない事を見せつけられているようだった。


ある日、アレグロはハナに話しかけてくれた。あの大嫌いな笑顔を浮かべながら。

「ハナ、これでよかったんだよ、これで、俺達はずっと一緒に居られる。」
「でも、アレグロは行きたかったんでしょ?あの空の向こう側へ。」
「うん。だから、手放したんだ。」
本当は手放した事を後悔している癖に。
本当は、アマービレと天空の先に行きたい癖に。ずっとこれまで一緒にいたアレグロの気持ちなど、言葉に出さずともすぐにわかる。それなのに、本心と真逆の言葉を言わせ、翼すら失わせたのは紛れもなくハナのせいだ。夕焼けの向こう側を辿って、アマービレの白い馬車が空を駆けていく。
結局、私達は何も変われないまま。
何もかもを失くしただけだった。

「どうして、アレグロの翼じゃなきゃ、いけなかったんですか?
アレグロは誰よりも綺麗に飛ぶんです。」
重いナイフをアマービレに突きつけながら、ハナは彼女に問うた。
 高く高く飛翔して、誰よりも気高く、誰よりも奇麗に空を滑空する。
旋回、乱降下。
滑空、上昇。
何でもお手の物。
どうして、よりにもよってアレグロなの?
翼を持つものならば、他にもこの国には沢山いる。それなのに、誰よりも高く飛ぶ自由な彼を返して。
希望だったの。
アレグロは私達の希望だったの。
そう必死に声を絞り出すハナに、アレグロが何かを言おうとしたがそれを遮るように、アマービレが口を開いた。
「彼は貴方と一緒に、あちらにいきたかったそうよ。でも、貴方は飛べない。そう話したら、貴方の代わりに自分の翼を渡すって。」

「え。
その言葉でハナは全てを知ってしまった。
だけど、もうそれは叶わない。だから、諦るために、彼は自ら自分の希望を絶ったのだと。
何て、残酷なことをハナは大切な人にさせてしまったのだろうか。

「ごめんなさい。私、もう行かなくちゃ。もう、時間が無いみたいなの。
アレグロの翼でここを出られるまでと私が木になってしまうか、どちらが速いか、これは一種の賭けみたいなもの。
最後だから、一つだけ教えてあげる。
貴方達が行きたがっていたあちらの世界より、私の目にはこちらの世界の方がとても綺麗に見えるわ。」
「それでも、貴方は帰るんですか?」
「えぇ。たとえ、どんなに醜い世界でも、私はあの場所の住人だし、あの場所に沢山、奇麗な思い出も辛い思い出も残してきたのだから。」
そう最後に言い残すと、春の嵐と共に落ちてきたあの人は、長雨と共に帰っていった。

「アレグロ。」
「うん。」
「あの人、行っちゃったよ。」
「うん。」
「アレグロの翼、使って。」
「うん。」
「これで、良かったの?」
「うん。」
「アレグロ、最後に聞いていい?」
「うん。」
片翼のそれは、役に立たない。
「アレグロは、あの人の事、好きだった?」
さっさと、始末しなければ。

ごめんな、ハナ。
それっきり。
アレグロは口を開くことも、諦めたように笑うことも、もう無かった。

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