モノローグでモノクロームな世界
第五部 第三章
二、
地を這うような轟音と共に、振動が副島らを一斉に襲った。
下から突き上げられるような揺れに、真っ直ぐ立っていることは不可能だった。副島は近くの車両のドアに、咄嗟にしがみついた。
地鳴りと震動は、数分続いただろうか。
漸く収まった震動に、辺りを見回した副島達の目の前には、まるでサカイの町を守るかのように、彼らの目の前で真っ二つに切り裂かれた深い地面の亀裂が横に広がっていた。
「そ、副島さん、あれ。」
空を指さしながら上ずった声で話すカランに、副島は彼が指さす方を見あげた。
吹き荒ぶ雪の間を優雅に飛ぶ一艘の船が、そこには居た。
白銀の翼を持った純白の巨大な舟は、その重量を感じさせない程、滑らかに上昇を続ける。
副島達の目の前で悠々と上昇を続け、やがてゆっくりと壁の向こう側へと消えていく機体。
紛れもない。
間違いようもない。
あれは。
「副島さん、あれって・・・・・・。」
「あぁ。間違いない。ワームの本部があると言われている飛行船だ。」
既に遠く微かに滲むだけになった白銀の姿を追いながら、副島は、部下達に撤収の指示を出した。
ワーム本体を捕まえられないのならば、ここにもはや用は無い。それに、目の前に広がる深い亀裂を今の副島達には飛び越える術が無かった。
それどころか、一向に止む気配を見せない雪に、下手をすれば、足止めをくらう危険性も考えられた。
万が一、ワームの捕虜となった場合、果たしてナインヘルツは自分達を助けるのだろうか。
ワームの実体までは探りきれたとは言えないが、これでサカイがワームと何らかの繋がりがあることは明確になった。なんせ、ワームの母船を地下に隠し持っていたのだから。
今まで何も成果を出せなかった検閲に比べれば、それは大きな収穫だったと言えるだろう。
「これで、二度目か。」
「え、何がですか?」
帰路につく車両の中で、一人ごちる副島の声に反応したカランが尋ねる。
「あの白銀の機体を見たのが、だよ。」
「あぁ。でも、よくあんなでっかい機体を持っていますよね。ナインヘルツの支部ですら、あんな大きな機体、今時、無いって言うのに。」
「支部は移動手段でしか機体を使わないからな。」
「どういう意味ですか?」
「ワームはあの船の中で、共同生活を送っているんだ。商売をする者は、サカイに、それ以外の者はあの船の中で暮らす。故郷を追われた人々達が、漸く行きついた先があの船なんだ。・・・・・・カラン、お前は今でも故郷に帰りたいと思うか?」
「当り前ですよ。家族も、思い出もありますし。」
「そういうもの全てから引き離されて、彼らは永遠に漂う舟の中や、サカイという地の果てで生きているんだ。彼らのナインヘルツに対する思いは、相当重い筈だ。」
「・・・・・・俺、勘違いしていたかもしれません。ワームやサカイの連中は、ナインヘルツが作った新しい国や世界のシステムに、反発して、自ら選んだんだと、ずっとそう思っていました。」
「まぁ、多くの者はそう思っているだろうな。これも、ナインヘルツの教育の賜物だろうよ。」
副島はフロントガラス越しに世界を見つめた。
止む気配を見せない白い雪のように、真っ白で美しい街並み。
道の両端に整然と建ち並ぶ建物は、どれも同じ形をし、どれも同じ方向を向いている。
どこまでも無表情な世界。
この中で少しでも違う方向を向く者があれば、一目で分かるだろう。
この中で少しでも違う形をしている者があれば、一目で分かってしまうだろう。
サカイからこの世界に戻った時の、あの違和感が、再び副島を襲った。
真っ白な建物。
真っ白な景色。
真っ白な世界。
真っ白な人々。
偽物の世界。
造られた無表情な世界。
色を喪った世界。
「カラン、この世界にもしも、色がまだ存在していたら、どうする?」
止む気配を見せない雪は、白い街並みを純白に彩り続ける。
堆く積もる雪に、町のあらゆる音が吸い込まれていった。
叫び声も、泣き声も、笑い声も。
誰かを想う声も。
静謐が支配する世界は、まるで一点の曇りも正すかのように、
白が支配する世界だった。
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