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アレグロ・バルバロ12

 今、思えばきっかけはいつだって雨だった。

考えれば、それは簡単なことだ。
蛇の鱗の女とアレグロは度々会い、壁の向こうへの飛行について相談していたのだから。そこにハナの話が出てきたとしても、何も驚かないだろう。
蛇の鱗の女がうっかり、ハナの秘密を話してしまったとしても。
誰も驚かないだろう。少し考えれば分かったはずだった。

 朝から続く偏頭痛。自己主張を続けるかのように足の傷が、じくじくと痛みだす。
冷蔵庫に入れておいた卵は、何故だか腐敗しきっていた。
手から滑り落ち、床一面に散らばった招待状の束。

 アマービレと会う約束をしたのは、午後六時だ。
彼女に背の翼をあげると約束したのは、午後六時だ。
約束の時間には、まだ、少しだけ早い。近くの森から、銀色の卵を遠くに見つめる。結局、蜂撥に行く事は無かった。きっと、翼を失ったならば、もう二度とあの蜂撥に行く事は無いだろう。

 濡れた路面に、蝶の死骸がぽとりと落ちていた。
その周りを取り囲んだ沢山の蟻の群れ。
むしり取られていく羽根。
捥がれた細い脚。
 分解され、ばらばらばらばら。
粉々になって、物質になって、
生命がばらばらばらばらに散っていく。
壊れていく生命。
散らばった翼の残骸。
「・・・・・・アレグロ、何をやっているの?」
 道草をしたハナを咎めるように。
視界一面にべっとりと張り付いた、紅くどす黒い液体は、取れそうにない。
ばらばらばらばら。
バラバラバラバラ。
分界され、分解され、粉々になって、砕けていって、解けていく思考。
 何で?何で?何で?どうして?
何でアレグロの片翼は無くなってしまったの?
誰がアレグロの片翼を奪ったの?
ザ・エンド。
終わりの鐘を鳴らすのは、ハナだったのに。
それなのに、誰かが勝手に引き金を引いたのだ。
よりにもよって、アレグロの引き金を。
「もういいんだよ、ハナ。これは僕が望んだことだから。」
そう話すアレグロの声は、今のハナの耳に届く事は無かった。
 ハナは足下に転がっていたナイフを手に持った。
アレグロの翼を奪ったナイフを。
まるで、苺ジャムのようにべっとりと赤いモノがついたそのナイフは、
とても、
とても、
重かった。

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