モノローグでモノクロームな世界
第八部 第一章
三、
ミハラは独自に、自殺者の件について調べていた。ワームに来る前から、彼は独自のルートを使い、増え続ける自殺者について調べていたのだ。そうして、彼はナインヘルツが壁の中で行っていたことについて知ったと私に教えてくれた。
強制的に行われた共感覚の作用や、トリプル・システムにより、人々から色や感情を奪ったこの行為がどんな罪に問われるのか。私達は結末を予測できていながら、ナインヘルツに言われるがままに行動をした。
そして、その結果を目の辺りにして、漸く、自分達のしでかした罪の重さに慄いた。
我々の告発を消し、事実を隠したままのナインヘルツが、この先、この世界をどう導くつもりなのか。
ミハラは一度だけ自殺を企てる直前の人と話したことがあると私に話してくれた。彼は最後にこう言って死んでいったそうだ。
『この世界は、醜い程に歪んでいる。』と。
The Beeによるコントロールが効かない者。
と、The Beeによるコントロールが効いた者。
コントロール不可の者達の多くは、あの壁の中の世界で、色を喪うことなく、ありのままの現実を見ていた。皆が美しい白い世界を、夢見るように讃え謳うその横で、彼らは灰色の世界を見続けていたのだ。どんなに声高らかにそれを告げても、誰も彼らの言う事に耳を貸すことはなかった。
それは、どんなに孤独だっただろうか。
彼等の多くは、狂っていると罵られ、蔑まれ、人生や生活をはく奪され続けた。
一方、コントロールをされた者達は、偽物の白く美しい世界のなかで、自分達も真っ白に塗り潰していった。感情も色彩も何もかもを全て白く塗り潰していった。
その途中で間違いに気づいた者達は、壁の外へと追い立てられていった。
この世界のどこにも、救いなど残っていない。
時々、色を先天的に認知できる者がいる。
ミハラは、そんな話を私達にした。果たして、色を認知できない我々と、こんな世界で色を見ることができる彼らとどちらが幸せなのだろう。そう話しながら。
その時は、彼の息子が色を先天的に認知できるとは、私達ワームの誰も、知らなかった。彼がワームに協力をした背景には、いざという時に、息子をナインへルツから助けるためでもあったのだろう。だが、彼自身が消されることを、果たして彼が、どこまで読んでいたのかは分からない。
ミハラの死を知った時、私も副島博士もリトリもマドカも。ワームの多くの者達が、迷うことなくナインヘルツに消されたのだと考えた。
その正誤は分からず仕舞いのままだが、特にマドカはその考えを強く持ち、ナインヘルツに対する反感をあの時からより一層持つようになった。
彼女にとって、ミハラはこの舟での父親だった。
ミハラも特に幼かったマドカを何かと目にかけ、日本語を始め様々な知恵や知識を彼女に与えていった。マドカはとても頭の良い子供だった。彼女はミハラが持ってきてくれたデッドメディアの書物を片っ端から読み耽、様々な知識を身につけていった。
その過程で、マドカが彼の息子を知り、そして、その息子に憧れのような恋慕の情を抱いたとしてもおかしくはなかった。
私がまだあの舟に乗船していた頃は、よくマドカやミハラ、リトリや副島博士と一緒に、夜な夜な語り明かしたものだ。
ワームやこの先の世界の有様といった真面目な話から、冗談のような下らない話まで、実に多彩な話を彼らと語り合った。知れば知るほど、ミハラはまるで旧年来の友人のような安らぎを覚える男だった。大の大人である私ですらそう思うのだから、実の親の記憶が薄いマドカにとって、ミハラに対する思いは相当深い物だっただろう。
私にとっても、マドカにとっても、否、あの舟に乗っていた人々にとって、あの安らぎの時間はとても貴重であった。誰とも分かちあえない。そう思ってきた、棘のような感情を、罪のような意識を、私達はあの時、少しだけ忘れることができたのだから。
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