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トンネルを抜ける / Day 15 軸がある女
だいぶ闇から自分は抜けたと思っていた。100パーセント回復したと思っていた。でもそれは嘘。何となく落ち着かない気持ち、足が地面にきちんと付いていない感覚。戻って来ているのを自覚しつつあるのに、何か腑に落ちない。そんな状態にしっかり自分が向き合うべきと思いつつ、人の誘いに関しては「悩ましい誘惑」なので、絶対に行く。
近所に住んでいる編集者の親友まりごん(まりの後にごんを付けたニックネーム)。付かず離れずの独特な距離感。お互いの居場所は違うが、共通の海外出張先で出会ってからもう4年くらい経つ。若い頃の薬師丸ひろ子みたいなアイドル顔なのに、愛想がないところが強烈な魅力。感情表現が薄いように見えて、コンペで私の案件が通った時には「好きなもの食べよう」と言葉少なに誘導、お会計の際にボソッと「コンペ、通ったんでしょ。お祝い」といきなりの支払い。クール過ぎるように見えて、これ。自分が男だったらそのギャップに間違いなく落とされる。だから彼女には、よく「俺たちのまりごん」って言って、いつもからかっている(笑)。
まりごんは、わくさんと別れたと言う事実だけを伝えている。冷静なまりごんは一言「そっか」と言ったきりで話は終わっているし、私はそれでいいと思っている。ともすると人を寄せ付けないような空気を漂わせ、かつ「同じ空間にもう1人人間が住むなんて考えられない」と言う彼女。でも今の私から言わせれば、そのポリシーはいつ何時も揺るがぬ軸としてまりごんの中に存在し、それが「凛とした空気」と昇華されていると思う。今の自分の中にむしろ足りない部分でもある。
そんなまりごんから、寿司のお誘いがあった。カウンターだから顔を見てたくさん話すと言うより、我々は出される寿司と食事に対峙し、それをお互い楽しんだ。まりごんとはそれでいい。彼女とは言葉を交わすのではなく、「今ある空気を思いっきり体感することで通じ合う仲」だから。
帰宅の途に着く際に、彼女は私の家に引き取るものがあって久しぶりに立ち寄った。「ねぇ、何か前来た時より、家の感じがすっきりしてない?」。私は答えた。「彼がいなくなったからじゃない?彼のものが前は置いてあったから」。
揺るがぬ軸があるまりごんは、予想通りの答えではなかった。「そうなの?ただ単に、あなたが片付けたからでしょ」。
予想通りの答えは「そうだよね。彼のものがなくなったからスッキリするよね」。そう答えなかった彼女のことが私はやっぱり好き。