ナット材比較の話

ナットの素材7種を比較する動画を投稿しました。


鯨に興味を持ったことで鯨歯でナットを作ってみたのが先週のことですが、ここで改めてナット材の音色への影響を確かめたいと思ったのが直接の動機です。


そもそも、ナットの素材そのものの影響を確かめるというのは相当難しいことです。

一般的にナット交換は元々のナットに不具合が出たことの修理という目的がほとんどでしょうから、不具合が改善されるという意味で公平でないので、そこで素材を変えても比較になりません。

修理を目的としない積極的なナット交換だとしても、元々のナットの取り付け方が不適切であれば交換に伴い修正を施すことになるため、やはり条件は変わります。条件が変わらないのは理想的な取り付け方をされているナットを理想的な取り付け方で交換した場合のみです。

ナットが音に与える影響は溝の高さや形、指板に対する取り付け方といった加工の問題が間違いなく断然きわめて圧倒的に支配的です。素材を比べるにはそこを揃えることが必須ですが、本当に厳密に揃えるのは、まあ正直言って不可能です。それでもできる限り条件を揃えたうえで比較したいというのは元々思っていました。

また、こうした難しさがあるせいで逆にイメージでいくらでも語り放題、という状況になっているのも感じます。「この素材にするとこうなる/したらこうなった」と言ってしまえば、いとも容易く反証可能性の外に逃げ出せます。そう感じたんならそうなんだろう、としか言えないわけです。

その結果、めちゃくちゃナイーブ(これは原義通りの悪口です)な主張が罷り通ってるんですよね。「ブラスナットは金属なので牛骨と比べてブライトになる」などは最たる例でしょう。

そこから論理(論理ですらない)を発展させて「フレットレスはフレッテッドと違い押弦したときにフレットという金属が支点になっていないため、ナットだけ金属だと音色の差が際立つ。よってブラスナットはフレットレスには不向き。元々ブラスナットの楽器をフレットレス化する際には牛骨などに変更するのが好ましい。」とか言われちゃうんですよ。その論理()でいけばフレットが牛骨でできてないとダメでしょ。あるいはフレットレスの指板に牛骨コーティングでもするんですかね。

っていうところへの悪意を込めるために、今回比較するナット材の中にエポキシ樹脂を入れてあげました。ナット比較の舞台となる楽器はエポキシコーティングを施したフレットレスですから、その指板と同じ素材でナットを作れば満足でしょう?ちゃんとブラスのすぐ後にエポキシが来るように並べましたよ。


とまあ偉そうに言ってみましたが今回の動画も実際のところ素材の比較としてどこまで意味があるものになってるか、かなり微妙なところです。加工の条件も本当に完全に揃っているわけではないですし、それ以上に同じようにピッキングができないため弾き方による違いのほうが間違いなく断然きわめて圧倒的に支配的です。それでも加工・演奏ともにできるだけ条件を合わせたので、その結果から何をどう聴き取るかはもう完全に聴いてくれる人に委ねたい姿勢です。耳のピントの合い方は人それぞれなので、その人が聴きとれたことだけがその人にとっての事実です。なのであえて動画内では何のまとめもしない、ごく簡素な内容にしました。こういう動画がネット上に存在してるというのは今後意味を持ってくるでしょう。

もちろん自分なりに感じたことはありますが、それを言葉にしてしまうと「この人はこう言っていた」というのが一人歩きしてしまいます。長々書いた文章の中に本音を紛れ込ませておけばそこまで読んでくれる人にしか読まれないという意味で安全(逆にツイッタァなんかは前後の文脈どころか1個のツイーヨの中身すら読まない人に読まれるのでアレですよね)なのでそうするつもりでしたが、やっぱりやめておきます。

とにかく音にはしたので、聴いてください。それだけが答えです。



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