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ツインレイ小説第二部より抜粋㉒

私はボランティアを辞めることに、した。

地域の子供のため、自分の子供が小さい時にお世話になった恩返し。そんな思いで、自分を納得させて、依頼を受けたけれど、仕事以前にボランティア内の雰囲気、田舎にありがちな狭いコミュニティでの息苦しいような閉塞感に、私はついぞ馴染めなかった。

ボランティアを始めたのは、この活動を二十年近く続けている近所の女性に頼み込まれてのことだったけれど、彼女としては恐らく、自分の後継者に、との思いもあって、結局、それも叶わず、ある意味無責任に、私は辞めてしまうことになるけれど、周りにどう思われるかとか、そういうことは、本当にどうだってよいと私は思えるようになってきていた。

そして、辞めたなら。年内いっぱいは引き継ぎなどあるだろうが、年明けからは、彼の塾に足を運ぶ口実はなくなるのだった。


辞めるから、と伝えるために、電話一本で本来は済むところを、私は塾を訪ねる。

市役所から一本入った路地。秋晴れの空を背に、街路樹が綺麗に色付いている。

ドアを開けると、パソコンに向かっていた彼は、目を上げる。

私を見るなり、定期テスト期間中で、昨日も遅くまで子供たちが残っていた、と言う。ホント、眠い、と。

「肩もバキバキに凝ってる。四十肩かな」
「四十肩を、50が揉んであげようか」
「何言ってるんですか」

彼は愚痴り出す。

ホント、最近、体調わるい。あちこち痛いし。

健康診断で引っかかったし。酒控えなきゃいけないし。

ホント、割に合わない。月謝上げるしかないかな。でもな。

聞きながら、その都度あれこれ伝えながら、私は、棚の中の参考書類の乱雑な入れ方や、ホワイトボードの汚れ、机の上の消しゴムカスなどが気になっていた。

ひとしきりしゃべった後で、私は、雑巾貸して、と言って、机やホワイトボードの水拭きを始めた。

「いいですよ、そんなの、どうせすぐ汚れるんだから」

「月謝上げるかどうかでうじうじ悩む前に、こういうところをきちんとして運気あげなくちゃ」と私はわざと明るく言う。

時々、塾の前を通るだけでも、私には分かることがあった。

輝きが、足りない。

彼の状態は、あんまりよくない、とか。


一番最初ここを訪ねた時、埃っぽい窓ガラスと、そこから見える冬枯れた景色を目にした時、彼はいつも一人でこんな景色を見ているのか、と思った瞬間、私の中に、彼の孤独がぐわっと入ってきた。

あれから、三年近く、経つのだった。


「ボランティア、辞めるから」
「ホントに?」

夢でそんな会話をしていたからか、彼はそれほど驚かなかった。僕が決められることではないから、みたいな感じでもあった。

「ボランティア辞めたらさ、私、もうここに、来る理由ないじゃない?」
「でも、外で会うわけにはいかないでしょ?」
「そっかな」
「おかしいでしょ、僕たち、結婚してるんですよ、お互い」

それから彼は最近話題になった、政治家の不倫の話題を出してくる。調子いい時ほど気を引き締めなきゃいけないのに不倫なんかして、とか言うのを聞いてるうちに、私は何だかムカムカしてくる。

「でも政治家の仕事って、好感度や支持率を上げることや不倫しないこと、じゃあないでしょ。やることちゃんとやってたら、何も言われる筋合いなくない?」
「でも、人の上に立つ者として、やっぱり、人としてどうなの?っていう行動はとっちゃいけないでしょう?」
「そういうふうに、本質じゃないことで揚げ足とるようなことばっかりしてたって誰も幸せにならないじゃない」
「しょうがないじゃないですか、ここは日本なんですから」
「人の恋愛なんて放っておけばいいじゃない、っていっつも思う、私」

浮気した、不倫した、で責め立てられる芸能人。こぞって叩くネット。バカみたいだ、って、ずっと思っていた。

と同時に、だからこそ、私も最初は怖かったのだ。

塾の講師、である彼に、そんな噂が仮にでもこの狭い町で立ったら、と。

だから私は絶対に、彼とそんな噂を立てることすら決してしてはならないのだ、と。



でも、今は、思う。

こういう国だからこそ、同調圧力の強いこんな息苦しいくらいの小さな島国だからこそ、私たちは、この愛をきちんと貫かなければならないのだ。

浮気だ、不倫だという、せせこましい倫理観を、宇宙レベルの愛の本質から遠ざかるだけの、世間的な常識をぶち壊すために。

ぶち壊すべきものなのだから。

ぶち壊すべき時期なのだから。


だから、私たちが、今、この時代、この国に、送り込まれたのだ、と。



そんな私の胸中を知ってか知らずか

「とにかく僕は、遊びたいとかないんです。めんどくさいこともしたくない」
「私だって別に遊びたいわけじゃないし、めんどくさいことだってイヤだよ」
「本荘さんは、一人暮らししたら遊びに来てとか言うけど、おかしいでしょ、僕が行ったら家族はどう思うんですか」
「知らない」
「僕は家族を不安にさせたり悲しませるようなことはしたくないんです」
「じゃあ、いつか、遊びに来て」
「離婚したら、ってこと?」
「分かんない。奥さんに逃げられるかもしれないじゃない」
「そうですね」
「そしたら、ハルくんのこと、育ててあげる」
「連れて行くもんじゃないの?普通は」
「分かんない」
「何がしたいんですか、本荘さんは」


何がしたい?

疲れたまま、彼に帰って来てほしい。おかえりなさいって言いたい。ごはんつくって一緒に食べたい。ハルくんのことも私、育てたっていい。

そんな思いを全部ひっくるめて、私はただ
「私は、一番好きなの」って言う。

でも彼は何も言わない。

私はプイっと外に出る。


駐車場の車に乗り込んだ私は、すぐに車を出す。

本荘さん、って言って外に出た彼のほうを振り向かないように。


表面上の言葉はともかく、彼は、私が好きなはずだった。心の奥底では、夢の中では、あんなにあんなに私を求めているくせに。

何でいつまでも素直にならないんだ、手を出してこないんだ、あの男は、って、家に帰ってからも、私はおもしろく、ない。


スマホを取り出して、LINE画面を開く。

私は、ドキドキしてる。

少し考えて、スタンプを選ぶ。

バカバカバーカ、って言っている、小憎たらしい表情のウサギのスタンプを。

ビールジョッキを片手に、酒サイコー、って言ってるウサギも。

酒控えなきゃ、って言ってたあの男に。



こんなスタンプを送るのは初めてだった。

私は、何だか、楽しくすらある。

こんなスタンプを送れるようになったことが、なのか。


あるいは、すぐにヤっちゃったらつまんない、ドラマだって、くっつくまでのあれこれが楽しいんじゃない、みたいな気持ち。

自分たちの歩みを離れたところからみている視聴者のような、あるいは盛り上げどころをつくろうとする映画監督やプロデューサーみたいな気持ちも、私には出てきていて、何だか私は、おかしかったし、軽やかだった。







































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