ツインレイ小説第二部より抜粋㉓
義母の命の灯が、消えようとしていた。
この年齢で、ここまでの回復は奇跡、と医師に何度か言われるようなことを経て、でも、もう、奇跡は起きないのかもしれなかった。
会わせたい人には会わせておいたほうがいい、くらいの段階となり、今日はこれから義兄と義妹も、遠方から来るはずだった。
昏々と眠り、おもむろに目を開いたかと思えば、またゆっくりと目を閉じる。
見えているのかいないのか、こちらの声は聞こえているのか。
義母は今、ゆったりと、いろんな世界を行ったり来たりしているのかもしれなかった。
さっき目を開けて、息子である夫を認識した後、義母は声をかけた私に目を向けて、そうして、私が握った手を、振り払うことなく、握り返して、それからずっと、その手を離さなかった。
強く握って、その手は、離さないで、って言ってきた。
大丈夫ですよ、お義母さん、って私は心の中で語りかける。
お義母さんが、利行さんを産んで育ててくれたから、大変な時期も、投げ出さずにやってきてくれたから、だから私は、母親になることができました。
お義母さん、ありがとうございました。
利行さんは、これから、高野の家の美和子さんと生きていくと思います。
だから、安心してください。
目を閉じたままの義母の目尻に涙が浮かぶ。老人特有の涙目かもしれなかったし、そうではないのかもしれなかった。
終わったんだね。
義母の心が、聴こえる。
はい。終わりました。
私たちの、学び。
夫の家系に関わって、私がするべきこと、学ぶべきこと。
それらが、間違いなく、終わりに近付いてきていた。
義母の人生を、思う。
私とのあれこれや、私が感じたあれこれも、全て、学びとして、決められてきたこと。
今こうやって、手を握り合えるまで、その時までの、学びとして。
義母の手の温かさは、私には心地よくて、ああ、私は父親が亡くなる時は、こんなふうにあったかい手を握ることはできなかったんだ、とふと思う。
義兄夫婦が到着した。
私はそっと義母の手をはずし、病室の外へ出る。
時計を見ると、まもなく義妹夫婦も到着するはずだった。
控え室のベンチに座り、私は涙を流す。
いい嫁、ではなかった。
義兄も義妹も遠くに住んでいるから、だから、私と夫がやらなければならないことがたくさんあって、ただ、それだけだった。
貧乏くじを引かされたような思い、金を出すか手を動かすか、せめてどちらはやれよ、という義兄、義妹への怒り。入院だ、手術だ、の度に消えてゆくお金。請求書が届く度に破り捨てたくなった日々。何で年寄りにばかりこんなにお金がかかるんだ、って、私はろくでもない人間であり、嫁だった。
でも、今。
義母に手を握りしめてもらって、私は、嬉しかった。
ただ、嬉しかった。
ちゃんと、愛が、伝わってきて、多分、私からも、伝えられた。
そうして、私の何かが、癒やされて、いた。
母親とのこと。
こういう、あったかい手の温もり。欲しかったこと?ずっとずっと与えられなかったもの?
父親の最期のこと。
こうやって、本当は付き添いたかったの?
でも、できなかった?
間違いなく、私は癒やされていて、だから、私は義母の命に対してではなく、ただ、自分のために、一人、涙を流し続けた。