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この10年

今年で東日本大震災から10年になりますね。
当時夫の転勤で東京に住んでおり、その3月末に2年の任期を終えこちらに戻ることが決まってました。

あの日はたまたま息子が熱を出して幼稚園を休み、私と子どもたちで家にいました。
東京の我が家(古い官舎の4階)もかなりの揺れでした。
突然の大きな揺れ…壁際のソファで子どもたちを両脇に抱き、テレビをつけました。
リアルタイムで流れる、車や建物が津波に飲み込まれていく映像。
息を飲みました…。

地震のことは詳しくは書きませんが、その後数日でスーパーやコンビニの店頭からは食料品や水が姿を消しました。
生協で注文した食料品も届かない…。
東京で3月末までの残り20日を過ごすのが大変だと思いました。

任期が終わり 引越し

3月末の引越しは夫ひとりに任せ、予定を繰り上げて私と子どもたち(4歳と2歳)はとりあえずの荷物だけ持って飛行機でこちらに戻りました。
こちらでは持ち家(分譲マンション)にまた住むことになってましたが、予定より早く戻ってしまったため、賃貸で貸してた方が退去した後の壁のクロス張替えや床のフローリングのワックス塗り直し等が済んでおらず、2週間ほどは夫の両親宅にお世話になりました。
その後綺麗になったマンションに入りました。

3年振りの仕事

その1年後、娘が幼稚園に入園するのを機に、約3年振りに非常勤医師として週に2日、勤務を始めました。
子どもたちは幼稚園の年長と年少。
私が仕事の日は幼稚園の放課後のお預かりにもお世話になりました。
大学医局からの非常勤をメインにしながら、個人的にクリニックや訪問診療、施設の嘱託医等、多い時は週に4日の非常勤医をしていました。
これまで常勤医に戻ろうと考えた事は何度もありましたが、子どもたちが小学生の間はなかなか決心がつかず…。

タイミングが掴めないまま

そうこうしている内に息子が中学受験。
そして息子の受験が終わって中高一貫校へ入学したら、今度は娘が同じように中学受験へ。
なかなか非常勤から抜け出すタイミングが掴めないまま、昨年夏を迎えました。
毎年夏頃に大学医局からの「来年度の希望調査」があります。
関連病院を含め、例えば大学院への進学やその他の希望を医局へ伝える「機会」です。
あくまで「希望調査」ですから、本人の意向が通るかは、その時の医局の状況によります。

これが最後の機会

昨年夏の「来年度の希望調査」
ということは、娘が中学生になる今年春からの勤務のことです。
私の中で「この機会が最後だ」という気持ちが湧きました。
これまでも常勤医に戻ろうと考えたことは何度もある中で、なかなか踏み出せなかった。
でもこれで子どもたちは2人とも中学生。
少し私の手を離れます。
そこから常勤先を探しました。

諸事情があり、医局の関連病院ではないところで尚且つ自宅から比較的近いところを探しました。
幸いなことに私の希望する条件に合うところがあり、面接からの採用決定となりました。
医局にもきちんと事情を伝えて、今年度一杯で退局する運びとなりました。

私にとっての10年と言えば子どもたちの成長とともに 主婦→非常勤医師→常勤医への転換だと思っています。
ちょっと足踏み状態の10年間だった気もしますが、4月から心機一転、頑張ろうと思っています。

自分なりに 一歩ずつ
前を向いて 上を向いて

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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