silhouette
ある晩、人と話している時に、会話の流れでふと、「"後ろ姿"って英語で表すとしたら、何という語彙を当てはめる?」と問いかけた事がある。彼は英語がとても堪能だったから。
すると少し間を置いて、シルエットかな、と返ってきた。
silhouette。これは元々フランス語だ。ちゃんと仏和辞書にも載っている。
あいみょんの"GOOD NIGHTベイベー"という曲に、「後ろ姿の君を見るだけでもいいのさ」という歌詞がある。デートの別れ際、去っていく恋人を見守る歌だ。その一節にとても惹かれた。やさしいな、と思った。
楽しかった時間が終わる時はいつだって寂しくて、余韻を振り払うかのように、ろくに相手の方も振り返らないまま帰りの電車に続く改札に、早足で向かうばかりだった。その寂しさはとても強く、それを何とかやり過ごすのに必死だったから、残してきた相手の事なんて見ようともしなかった。ある日この曲を聴きながら、好きな人の後ろ姿をどうしても思い出せない自分にふと気が付いた。だからこそ、この歌詞に滲む謙虚で誠実な思いやりが、私にはとても尊いものに感じられた。それはたったワンフレーズの歌詞だったけど、私の心はずいぶん激しく揺さぶられたようだった。好きだからこそ慎重な、相手との距離の測り方に示唆される、その人への本当は激しい、どうしようもない恋心に。
私はフランス語が大好きだから、もう長い間ずっと、このお気に入りのワンフレーズを仏語にしてみたかった。けれども"後ろ姿"だけがどうにも難しくてなかなか達成できずにいた。関係代名詞や分詞を使うとどことなくゴツゴツしてしまい、原文が持つこの緻密な息遣いがかき消されてしまう。
シルエット、はまさにぴったりだった。徐々に見えなくなっていく、大好きな人の後ろ姿のイメージに。街に溶けて、さっきまで隣にいたのにもう見えなくなるあのどうしようもない儚さに。それに気がついた時は殆ど泣いてしまいそうだった。
そうだね、まさに「後ろ姿」は「シルエット」だね。