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マスター・タトゥーの後継者
スヴェン城は間も無く陥落するだろう。夜中でありながら30000の包囲軍が煌々と篝火を焚き、門という門全てに陣を構えていた。この様子では包囲軍は明朝に総攻撃を仕掛けてくるだろう。場内に残るは忠臣200名と義理堅さで名高き傭兵集団『鉅の技師団』400名、計600名。兵力の差は歴然である。
死臭に満ちた城内でただ一室だけが異質な清浄さを湛えていた。この部屋では一人の少年が刺青を入れられていた。この少年、どう見てもティーン未満である。硬いベッドにうつ伏せになった少年の背中に男が針を入れていく。少年はぐっと歯を食いしばり、嗚咽を漏らすことなく痛みに耐えていた。針を刺す度、少年の睫毛が痙攣する。
「さあ、これでお前が次の鉅の技師団団長だ」
彫師が額の汗を拭った。少年の背中には〇、Δ、∇、*が組み合わさった文様が刻まれていた。少年は返事をする代わりに大きく息を吐いた。
「といっても、お前以外は全員ここで討ち死にする。悪いがジョイス、団員は一から集めてくれ」
少年、新団長ジョイスは深く頷いた。
「ニコラス団長……」
「団長はお前だろう?」
ジョイスに刺青を入れていた旧団長ニコラスは苦笑した。
「さあ受け取れ! 歴代の団長が継承する教本、そして初代団長のコンパスと定規だ」
ニコラスは部屋の隅に纏めて置いていたそれらをジョイスに渡した。
「いいかジョイス! 俺達はここで死ぬが、お前が生きて鉅の技師団を名乗り続ける限り俺達は不死だ! 永遠だ!」
「はい! 俺は死にません! 必ず次代に鉅の技師団を繋ぎます!」
「良く言った!」
その時、ドアがノックされた。
「ニコラス様! 姫様出立の準備が整いましてございます!」
年嵩の女の声がドア越しにこだまする。女中頭の声だ。
「さあ行け! 今は真夜中、脱出には丁度いい時刻だ!」
ニコラスに急かされ、ジョイスは荷物を背負って駆け出していった。
女中頭に案内された先に待っていたのは黒塗りの馬車だった。
【つづく】