地下運送業十八代目
今は亡きお祖母ちゃん曰く、地下で長生きするコツは無謀を避ける事、無知を恥じる事、だそうだ。お祖母ちゃんは戦後の動乱をこのモットーで生き残ってきたと聞いた。どうやらお祖母ちゃんは地下じゃあ随分名の知れた大人物だったらしい。
「君が、桃代さんの孫息子かい」
「はい、私が十八代目進兵衛を襲名いたしました」
俺が地下業界に潜って早3か月、お祖母ちゃんの名前を使って営業するだけで随分な数の大物と繋がることが出来た。今回の依頼人もそうだ。森岡、表向きは大手旅行会社の創業者、裏の顔は運び屋手配業者。お祖母ちゃんとは長くビジネスパートナーだったらしい。
「正直、桃代さんが亡くなった実感が無えな。彼女無しにうちの商売は語れんからね。随分とアドバイスを貰ったもんだ」
犯罪、オカルト、何でもありの世界。お祖母ちゃんの教えは今も心身に深く染み着いている。おかげで俺が地下業界に潜ってから致命的な失敗は無い。
「一つだけ聞かせてくれ。君が地下に来た理由は何だ?」
「……正直に申し上げますと、金です」
「遺産はどうしたんだ? 流石に空っぽって訳じゃないだろ?」
「相続税で結構持ってかれまして。大学の学費もありますし」
俺がお祖母ちゃんから相続したのは洗浄済みの金や証券、そしてそこそこ広い家だ。持て余すくらいなら家を売り払うのがいいのだろう。だがあの家は人知れず家伝の技を磨くのに丁度いい環境だ。手放すには惜しい。
「まあ、いいさ。地下に潜る奴なんて皆訳ありだ。それに、君があの術を継いでいるんならすぐに稼げるだろ」
そう言うと森岡は傍らに置いていたかばんを持ち上げた。
「それじゃあ、手筈通りこいつを運んでくれ」
「畏まりました」
俺は森岡から荷物を手に取ると、ひょいと床をすり抜けた。俺がお祖母ちゃんから相続した技の一つ、地行術。大地に溶け込み、日に千里を駆ける術。新参者が地下で上手くやっていくには十分な武器だろう。
【つづく】