あべこべ小学校
「今日から校長先生は、先生をやめて児童になります」
月曜日の朝の会のスピーカーから、校長先生の大きな声が響きました。
「ええっ、どういうこと?」
「校長先生、どうしたの?」
こどもたちは大騒ぎです。くんちゃんは、「騒いだら先生に怒られる」と思っているので、口をぎゅっと閉じています。
校内放送はそれっきりで黒板の上のスピーカーは黙ったまま。
くんちゃんは、担任の大岩先生の「こらぁ!」「うるさいぞ!」を耳を押さえて待っていました。大岩先生は太い眉毛のしたのぎょろりとした大きな目で睨んでいるに違いありません。ところが
「よーし、おれも先生をやめるぞ。かわりに誰か先生になってくれ」
と、晴れやかな笑顔で言ったのです。
みんなはポカーンとしています。
学級委員のゆうかちゃんが、すっと立ち上がって先生に聞きました。
「本当にいいんですか」
「おう、もちろんだ。やってくれるか」
「はい、先生やらせていただきます」
ゆうかちゃんはすたすたと黒板の前に進み出て、みんなの方に向き直りました。
「ほかにもやりたいひと、いますか」
「はい、やりたいでーす」「おれも」「わたしも」
「じゃあもう、みんな先生で。先生が児童。あべこべ学校でいいんじゃない」
「でも、そうしたら先生ばかりになっちゃうじゃん」
「じゃあ、交代でやりましょう。教えたい科目をひとつ選んでください」
「1時間目の体育、わたしと一緒に先生やるひと~。」
まきちゃんが右手を高く上げると、こうたくん、しょうちゃん、りゅうくんが手を挙げました。4人は頭を寄せ合って相談し、
「きょうは外で『かげおに』をします。体操着に着替えてうんてい前に集合してください」
大岩先生、じゃなかった大岩くんは真っ先にきっつきつの体操着に着替えて教室を飛び出しました。大きな大岩くんが一番強いだろうと思っていたのに、体が日陰に入りきらなくて、一番小さなようちゃんにつかまってしまいました。でも、あんなに笑っている大岩くんを見たのは初めてだ、とみんな嬉しそうでした。
2時間目の算数は、ゆうかちゃんとまさくん、みくちゃん、りょうすけくんが、うわぐつを使って「2の段のかけざん」をおしえてくれました。21人分のうわぐつを計算するのは「かけざんひょう」ではできなかったので、みんなで工夫をしました。
3時間目の国語は、ともくんとだいちゃん、ゆめかちゃん、りほちゃんが「ももたろうのつづきのおはなし」をつくって読んでくれました。おもしろかったので、明日の国語の時間はこのお話を劇にしよう、ということになりました。誰が何の役をやるか、まで決めて、練習は宿題です。今日初めて「宿題」という言葉が出たとき、みんな「おおーっ」と感心しました。それをいったのは、いつも宿題を忘れるひーくんだったので、さらにみんな感心したのです。ひーくんは「おれはももたろうだから、絶対に宿題は忘れん」と胸を張りました。
4時間目の音楽では、オルガンが上手なやっくん、ちいちゃんの演奏に合わせて、「何かをたたいて合奏しよう」という勉強をしました。かほちゃんは、ものさしで机の脚を叩いてみました。となりのそうすけくんは鉛筆で叩いてみて、「おなじところを叩いても、ものさしと鉛筆では異なる音がするのですね」とおもしろがっていました。やっくんの、弾むような演奏に合わせて、足で床を踏み鳴らしていたれいちゃんは、ダンスを踊りはじめ、みんな拍手喝采しました。れいちゃんにダンスをおしえてもらいながら、ゆうかちゃんは「これって体育と音楽、どっちなのかな?どっちでもいいや」とぴょこぴょこ跳ねました。
お昼休みになり、給食を食べていたら、校内放送の音楽が流れ出しました。
いつもの放送委員の6年生のお姉さんが、いつもとはちがう緊迫した声で話し始めます。
「臨時ニュースです。もと校長先生の、権藤さんが行方不明です。給食の時間になっても戻ってきていないそうです。お昼休みではありますが、食べ終わったひとは捜索にご協力ください。六年生は今から校庭と中庭を探します」
「先生、じゃなかった、大岩くん、早く食べた人から探しに行ったほうがいいと思いませんか?」そうすけくんが心配そうに聞きました。
「そうしよう。おれはもう食べたから行く!ごちそうさま!」
大岩くんが教室を飛び出しました。
くんちゃんも、パンを牛乳で流し込んで立ち上がりました。くんちゃんは校長先生が大好きだったのです。
あそこかもしれない。
くんちゃんが向かったのは、裏門の近くにある大きな桜の樹です。
1年生の時、その樹に登って降りられなくなって泣いていたとき、だっこして助けてくれた校長先生。怒らずに頭をなでながらこう言っていました。
「わしも子どものころよく木に登っていたなあ。
子どもにもどりたいよ。」
桜の樹の下から、校長先生を呼びます。
「こ、こうちょうせ、せ、せ 」
くんちゃんは、「さしすせそ」が苦手なので上手く呼べません。
頑張っても、頑張っても、難しいのです。
仕方がないのでお名前を呼ぶことにしました。
「ご・ん・ど・う~」
ありったけの声で呼んでみました。
「ここ、ここだよーう」
高いところから小さな声がします。校長せんせ、いや、権藤くんの声です。
「助けてよーう。服が枝に引っかかったんだよーう」
大変です!権藤くんの服を持ち上げている枝が、今にも折れそうにしなっています。
くんちゃんひとりではどうしようもありません。
「だ・れ・か・き・てー」
くんちゃんは木の下に落ちていたほうきの柄で、錆びた裏門の扉を叩きます。
カンカンカンカン、カンカンカンカン
「だ・れ・か・は・や・くー」
どどどど、と地鳴りがして駆け付けたのは大岩くん。
ほかの組の先生たちといっしょに腕を組み合わせ、落ちても大丈夫なあみを作りました。
間一髪、校長先生はあみの上に落っこちて助かりました。
「くんちゃん、お手柄だね」「どうしてここだとわかったの」
みんなにほめられ、なでられ、くんちゃんはくすぐったい気持ちになりました。大岩くんが抱き上げて肩にのせ、踊り出しました。
「みんな、心配かけてすまなかったね。でも、たのしかったよ」
校長先生は、明日からまた校長先生になります、と約束しました。
大岩くんは、あと一日、子どもでいるんだって!
いいよね。
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