難関大受験のおすすめ参考書・勉強法(物理編)
個人的に、物理は入試科目の中で一番短期的に成績を伸ばしやすい科目だと思う。実際、私も物理は得意科目であり、駿台や河合塾が開催している東大・京大模試でも偏差値75以上はコンスタントにとれていた。京都大学理学部に合格できたのも物理の影響が大きいだろう。しかし、世間的には、物理を苦手としている人は思いのほか多いようである。それは、腰を据えて勉強するまではなかなかとっかかりにくいという特性を物理が有しているからだろう。今回は、私が受験期に愛用していた参考書と、本当に成績が伸びる勉強法を紹介していきたいと思う。正しく勉強して、物理の成績をぐんぐん伸ばしてもらいたい。
参考書
長ったらしい説明の前に、先に使った参考書を箇条書きでまとめておく。
新・物理入門
物理の良問問題集
物理標準問題精講
以上3冊である。「良問の風とか名問の森は?」と思われるかもしれない。至極真っ当な疑問である。何を隠そう、受験期の私は、定番の参考書を使いたくないというよくわからない拘りを拗らせていたのである。はっきり言ってこういった拘りはあまり良いとは言えないので、受験生の諸君はできるだけ早く治しておくことをおすすめする。
新・物理入門
言わずと知れた難関大志望者向けの参考書。説明に微積が使われていることで有名である。大多数の参考書は、原理と法則の区別、物理現象の数学的考察、数式の物理的意味の追求が不十分であり、もはや説明になっていない記述が多々見受けられる。しかし本書は、数学を十分に用いて物理を鋭く洞察し、論理的かつ定量的な説明がなされている。最後までやり切れば、高校物理を真の意味で理解することができる。受験生の頃は難しく感じたが、今見てみるとよくまとまっているなあという印象を受ける。素晴らしい本だ。
類書に『理論物理への道標』と『はじめて学ぶ物理学』がある。前者は発展的なトピックが豊富で、『新・物理入門』よりも若干難易度が高いが読んでいて面白い。一方で、理論の説明の仕方は『新・物理入門』のほうが演繹的で好みだ。問題の選定のセンスは抜群で、どの問題集よりも優れていると思う。後者は比較的新しい本で、他2冊と比べると日本語による説明が豊富で丁寧である。微積を使った本来の物理を独学で学ぶのであれば、3冊の中で本書が一番おすすめだ。欠点は値段が高いことくらいだろう。
ただし、これらの参考書は受験生向けとしてはレベルが高いので、時間があるうちから始めることと、身近に質問できる人を見つけておくことを推奨する。どうしても難しすぎると感じる場合は河合出版の『物理教室』に変えるのも手だ。論理的な説明から逃げることなく、図を多く使い、上記3冊よりも易しく物理の本質を伝えている。
同じく河合出版の『物理のエッセンス』はベストセラーだが、いい加減な説明ばかりで自然科学としての物理を何一つ説明できていないので、はっきり言って嫌いだ。題名に「エッセンス」とつけるからにはちゃんとエッセンス(=本質)を書いてほしいものだ。しかしながら本書で物理の成績を上げた人が大勢いることは否定しようのない事実であるから、どうしてもやりたければやればよいと思う。
物理の良問問題集
エッセンス系統に隠れて比較的マイナーな本書であるが、なかなか良い問題集である。使っていてよいと思った点を3つ挙げよう。
入試において重要な基礎~標準レベルの問題の網羅性が非常に高い。その割に問題のテーマや解法の被りが少なく、選定に無駄がない。250問でレベルを一気に引き上げてくれる。
問題のレベルが3段階に分けられており、自身の習熟度に応じてどの問題を解けばよいかが分かりやすい。また、1番上のレベルの問題をやらなくても入試頻出のテーマを総ざらいできるように作られているので、早い段階から取り組みやすい。
問題のテーマが索引でまとめられており、解きたい問題をすぐに解くことができる。問題辞典として活用でき、本書をやり終えたあとも模試や過去問の復習をする際にかなり役に立った。
似たような問題集に『入試標準問題集[物理基礎・物理]』がある。こちらのが新しく、同様に…というかこちらのが若干質がいい。解説の仕方が学問的に正確で好みだ。ただ、到達レベルでいえば良問問題集に軍配が上がるか。ちなみに、この本の著者の三幣剛史先生は、駿台で浪人していた時のパワーアップ京大物理の担当講師だった。授業はとても分かりやすく、かつ面白くて優しい先生だったのを覚えている。三幣先生、その節はありがとうございました。
先程エッセンスを酷評したが、『良問の風』と『名問の森』は普通に良い問題集だと思う。良問問題集は難易度的に『良問の風』~『名問の森』の簡単な部分に該当する。どちらに取り組んでもよいが、上記の特徴を見ていいなと思ったら、本書をおすすめする。
物理標準問題精講
「標準」とついているが非常に難しい問題集。約4問に1問が東大の過去問といえば、本書がどれだけレベルが高いか伝わるだろう。X(旧Twitter)で見かけたのだが、著者が東大志望でもやらなくていいと言っていたらしい(真偽不明)。確かに東大物理であっても、『名問の森』をやりこんで過去問演習をすれば6~7割程度はとれるようになる。しかし、物理を武器にしたいと考えている生徒、難問に怯まない知的体力を養いたい生徒、時間に余裕がある浪人生などにとっては非常に有用な問題集である。
本書に掲載されている問題はどれも難しいが、いたずらに難しい悪問はなく、考察価値のある良問ばかりである。加えて解説が丁寧なので、難易度の割には使いやすい。本書と肩を並べる難易度の問題集に『難問題の系統とその解き方』があるが、あちらの解説がかなり雑なことを考えると、本書の便利さが際立っている。東大理Ⅲ合格者は難系を使っていた人が多いが、難系ではなく標問をやっていた私でも8割以上はとれていたので、まあ好きなほうをやったらいいと思う。注意点として、『物理の良問問題集』と本書では難易度にそこそこ差がある。私はやらなかったが、『名問の森』を挟んだほうがスムーズに取り組めると思われる。
蛇足だが、似たような難易度の問題集で『難関大入試 漆原晃の物理解法研究』という本がある。問題の選定も解説の質もめちゃくちゃ良いのだが、問題数があまりにも少ないのだ。文字も謎に大きいし余白も多い。おまけに紙が分厚い。文字を小さくして紙を薄くして、問題数を3~4倍に増やしてくれたら歴代最高の物理問題集になるのではないかと思っている。が、そんなことしたら物理講師がいらなくなりそうなのであまり期待はしていない。
過去問
過去問は数学同様、赤本の25ヵ年より駿台の『東大入試詳解』と『京大入試詳解』がおすすめだ。問題が年度別で掲載されている点に加え、解説の質がこちらのが遥かに良い。特に『東大入試詳解』はあの坂間勇先生の解説がそのまま掲載されており、群を抜いておすすめだ。一貫して微積を用い、東大物理を一歩踏み込んだ視点から解説している。東大は細かい知識よりも基礎的な内容を深く理解できているかを問う問題が多く、このような解説と相性が良い。下手な講習や授業を受けるよりも、本書に取り組んだほうが圧倒的に力がつくだろう。
また、自身の志望校は勿論、同じようなレベルの他大学の過去問もやったほうが良い。私は京都大学に加えて、東京大学と東京工業大学の過去問もやっていた。ただし、志望校の過去問を優先してやること。時間がないなら手を出さない方が良い。
共通テストの過去問は皆やるだろうが、まだセンター試験から変更されてから日が浅く、過去問が少ない。共テの過去問を完璧にやり終えたらセンターの過去問をやるようにしよう。予想問題や模試の過去問も悪くはないが、問題の質が違いすぎる。センターと共テでは出題形式は若干違うが、問題の根本は同じである。私の恩師も口をそろえて同じことを仰っていたので、これは間違いないだろう。
勉強法
ここからは勉強法を書いていく。と言っても数学編と内容はかなり被る。物理特有の勉強法などなく、基本に忠実にやればよいのだから当然のことであるが。
何でもかんでも丸暗記するな
物理は自然科学の一種である。自然科学の妥当性は、実験によって担保される実証性と、理論を数学的に構築して得られる論理性によって支えられている。即ち、物理を理解するためには、微積をはじめとした数学を使うことを恐れてはならない。「公式」なるものを丸暗記しただけで理解できるわけがないのだ。
ではなぜ大学入試に本質的な理解が必要か。難関大は賢い生徒を求めているからだ。賢さとは表面的な知識や雑学をたくさん知っていることではなく、ある事柄を深く理解している=知識を体系的に整理できていることである。それは入試物理においても例外ではなく、本質を理解していないと解けない問題が多く出題されている。
では具体的に「物理を理解する」とはどういうことか。それは定義と原理を正確に覚えることと、これらに基づいて法則を導出できるようになることだ。これは数学の勉強と似ている。力学を例に挙げよう。あなたは加速度、仕事、エネルギー、力積の定義を何も見ずに言えるだろうか。ニュートンの運動の法則(法則と呼ばれているが、現在の物理学では導出できず、またこれらの法則を正しいと仮定することでニュートン力学におけるあらゆる法則が説明できるため、原理として扱っている)を3つとも説明できるだろうか。運動方程式から単振動の公式をすべて導出できるだろうか。
物理を理解するとは、こういったことの繰り返しである。このような勉強が受験の役に立つか不安になるかもしれないが、表面的な勉強ではすぐに頭打ちになる。粘り強く最後まで取り組んだ暁には、物理を俯瞰できるようになり、今まで解けなかった問題がシンプルな考え方で解けるようになる。この感覚をあなたにも味わってほしい。
「微積物理」で注意すべきこと
上記の勉強法は巷では「微積物理」と呼ばれている(物理で微積を使うのは当たり前なので、この言い方は好きではない)が、この勉強法で生徒が陥りがちなことがある。数学的な理解だけで満足してしまうことだ。物理と違い、数学は形式科学である。抽象的な概念を扱っているのだ。対して物理は自然科学であり、現実的自然を扱っている。現象を数式で記述するのは間違っていないが、法則を導出できて満足するのではなく、一つ一つの数式が表す物理的・自然的な意味を考えることを怠らないようにしよう。
これは逆に言えば、物理は数学ほど厳密でなくても良いということでもある。実際、大学以降での理論物理学においても、数学的厳密性よりも物理的直観が優先されることはままある。逆に、数学的厳密性を全面に押し出した物理は数理物理学と呼ばれる。
(一応補足しておくが、高校物理で蔓延している「イメージ物理」はただの「直感」でしかない。「直観」と「直感」は似て非なるものである。)
問題演習の活かし方
ここは数学編と被るので、簡潔にまとめておこう。
初見の問題を解く際は、すぐに解答解説を見るのではなくじっくり考えてみよう。難関大の入試問題は受験生の思考力を測る目的で、非典型問題を多く出題する。入試本番で初見の問題に出会った際、自分の力で考え抜いた経験が、その問題が解けるか解けないかを大きく左右する。だから、日頃から思考訓練を積んでおくことが重要なのだ。時間を計るのは2回目以降でよい。
問題は、ただ解くだけではもったいない。他人に解き方を説明できるくらい思考過程を言語化してみたり、別解を探してみたり、問題の条件を変えて自分で解いてみたり、問題の背景知識を調べてみたりと、問題そのものを研究してみよう。思考力や応用力を鍛えるには闇雲に大量の問題を解くのではなく、こういった地道な研究を続けることが重要である。
図を描くことの重要性
物理の問題は他教科に違わず文章で与えられるわけだが、文章だけでは問題の意味を認識するのが非常に困難だ。だからこそ、物理の問題を解く際は図を描き、問題の状況を書き込む必要があるわけだ。他教科も図を描かなければならない場面はあるが、物理の場合はむしろ殆どの問題で描く必要があるのが物理の持つ特異性であろう。図を描くのは面倒だが、描いてこそ何をどうすれば良いかが分かり、解答の指針を立てられるのだ。しかしながら私が高校生に物理を教えてきた経験上、苦手な人ほど図を描いていないのである。簡単な問題であっても図を描き、問題の状況を書き込む癖をつけよう。
最後に
物理学は、物質の最小単位である素粒子から広大な宇宙まで、自然のあらゆる現象を数式という言語を用いて記述する学問である。しかし、高校での物理の授業は、公式の暗記と問題の解き方の解説が大多数を占め、物理の持つストーリーがないがしろにされていると感じる。思うに物理の成績を上げるために大切なことは、理論を体系的に理解し、面白さを見出すことである。受験に追われて忙しいからこそ、学ぶことを楽しむ気持ちを忘れないでいてほしいと願っている。頑張ってください。