《ミレニアムの翼》地理コネタ。


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架空世界の物語であっても、場所にモデルがある場合もあります。
この地名「モントローズ」は《ミレニアムの翼》の主人公サイラス・ハーフナイトとゆかりのある土地に相応しい地名を探していたとき、たまたま見つけたもの。あまりにぴったりだったので使うしかないと思いました。そういう経緯で彼らの行先は「モントローズ」に決定したのです。おおまかにはスコットランドというのは最初から決まっていました。塔国家アングリア王国は平行世界の英国がモデルであり、北部の塔名《ミドロジアン》は実はエジンバラの古名なのです。だから行き先はエジンバラ周辺のどこか、ということでした。地勢的に齟齬のない地名でそのうえキャラクター名とのつながりもあるものが見つかったのはかなり幸運だったと思っています。もちろん、全くの架空の地名を使ってもよいのですが、自分が書き進めていく上で自分自身を騙すためにこういう「ひっかかり」のある固有名詞は有効なのです。


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 サイラスは北北東に進路をとった。
 飛行艇は順調な飛行を続けている。幾つもの塔が近づき、また後方に飛び去っていく。
「あれ……ミドロジアン塔じゃない?」
「うむ。そのようだな」
「わあ。大きいなあー! ぼく、あれに登ったんですね! 自分でも信じられないですよ!」
「僕はあそこの育ちだよ。八九〇階だから、あの上の辺り」
《リンデン塔》に次ぐ威容を誇る北の第二首塔ミドロジアン塔を横目にさらに北へと向かう。やがて右手に青灰色の海と特徴的な海岸線が現れた。
「見て見て! ほら、海だよ! 奇麗だね」
「あれが海ですか! 初めて見ます! 大きいですねー!」
「当然だ。地表の七割以上が海なのだからな」
 ここだ。サイラスは夢中で海を眺めている三人に声を掛けた。
「着陸するぞ。口を閉じてベルトをしっかり締めろ」
「えっ。《大地》に直接降りるの……?」
「そうだ。古い飛行場の滑走路がある」
 艇は着陸態勢に入った。車輪を下ろし、減速のため可変翼をいっぱいに広げると機体はがたがた左右に揺れた。
「さ、サイラス、その滑走路、ホントに使えるの……!?」
「喋るなと言ったろう!」
 がががががががががが………………っ。
 少々乱暴なタッチダウンのあと、飛行艇は荒れた滑走路を跳びはねるように延々と走って停まった。
「着いたぞ。みんな無事か?」
 ジョニーが死にそうな声を出した。
「無事は無事だけどさ……ねえ、サイラス、今度からうちの飛行艇を使おうよ……」
「キュクロプスでここに降りるのは無理だろう」
「もっと小さい艇もあるよ……」
 めったに使われない滑走路はひび割れ、周囲には丈の高い草が生い茂っている。サイラスは飛行艇のハッチを開けた。
 草を薙ぐ風が潮の香りを運んでくる。
 懐かしい香りだ。
 けたたましい音をたてて旧式の蒸気自動車が滑走路をこちらに走ってくるのが見える。
「ハーフナイト様! お久しぶりです!」
 数年ぶりだが、すぐに分かった。モントローズ・マナーハウスの管理人、ロジャー・ベイリーだ。
「元気そうだな、ロジャー」
「はい、お陰様で。七年ぶりでしょうか」
 ロジャーは日焼けした顔に白い歯を見せてにっこり笑った。
「電報が届いたのがついさきほどだったものですから、慌ててお迎えにあがりました」
「急で済まなかった。またしばらく世話になる」
「ハーフナイト様なら、スタッフ一同大歓迎ですよ!」
 そう言ってから、ロジャーは三人に目を向けた。
「お客様というのはその方たちで……?」
「そうだ。そのことで頼みがある。モントローズ荘園で一人雇ってくれないか。ここじゃないが、ちゃんと《田園》に籍がある人間だから移住問題は起きない」
「それは、ハーフナイト様の頼みでしたら……で、どの方ですか?」
「ああ、ブラウンの髪の方だ」
「……だと思いました!」
 ロジャーはホッとした顔をした。
 ジョニーはどこからどう見ても《田園》の人間には見えない。一方、ナッシュの方は見るからに《田園》育ちだ。サイラスはナッシュの背中を押した。
「こいつはナッシュ。正直で働き者だということは俺が保証する。黒髪の方はジョニー・シクスペンス。俺の友人で若いが優秀な科学貴族だ。しばらくマナーに滞在させてやってくれ」
「それはもう。ハーフナイト様のご友人は私どもにも大切なお客様ですので……。あの……それでそちらのお嬢様は……?」
 言いながら、おずおずとラモーナに目をやる。
 さっきからロジャーがラモーナを気にしているのは分かっていた。電報には大事な客を連れていくとだけ書いて、詳細は知らせていない。もちろん若い女性が同行するとも書かなかった。
「まさか、その……」
 答えるより早く、黒衣に黒い毛皮のラモーナが鷹揚に口を開いた。
「私の名はラモーナ・オブライアンだ。ハーフナイトとは親戚関係にある」
「……と、いうことだ。ロジャー」
——頼むから何も訊いてくれるな……!——
 サイラスはあらんかぎりの力を視線に込めてロジャーの顔を凝視した。
「は……はあ。分かりました……」
 ロジャーは目を白黒させたが、それについて何もコメントしないだけの賢明さは持ち合わせていた。
「私は荘園の管理をしているロジャー・ベイリーと申します。モントローズ・マナーハウスにようこそ!」


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  《ミレニアムの翼 320階の守護者と三人の家出人・2》より抜粋