モンゴル旅行記【2024年7月6日~10日】
2024年7月6日(土)~7月10日(水)までモンゴルへ行ってきた。モンゴルは以前から母が行きたがっていた国なのだが、コロナ禍に入り長らく延期となっていてやっと今年行くことに。母と以前旅行に行ったのは10年前のネパール。母も80手前になり、足を骨折してから以前ほどはスイスイと歩けなくなったので(それでも毎日仕事や趣味で忙しく、十分元気!)今回は観光半分、付き添い介護半分のような感覚で行った。
7月6日(土)初日
三ノ宮駅前からバスに乗り、関空へ。今回は10人ほどのツアーだが、9人が前回のネパールと同じメンバー。秘境を旅するツアーを主に組んでいる旅行会社の元社長(現会長)が、母の大学時代の旅行サークルの友人ということで、皆顔見知りのメンバーである。そのため、私ともう一人の女性(同行する母の友人の娘さん)以外の8割が後期高齢者だ。関西からの女性陣は全員が母のママ友なので、私も顔なじみ。ワイワイとにぎやかに19時55分発予定のモンゴル航空に乗り込む。時差は日本よりもモンゴルが1時間ほど遅いだけなので、時差ボケがないのは〇。
モンゴルのチンギスハン空港へは夜中の0時半に到着。荷物の受け取りを済ませた後に、空港で待っていた現地ガイドさんに案内されて車で1時間ほどで本日のホテル『ベストウエスタン・プレミア・トゥーシン』へ。『地球の歩き方』によると5つ星ホテルらしく、確かにかなり綺麗で25階建てという豪華さ。ただドライヤーの場所が分からず皆で右往左往。母がホテルの人を呼ぶと、部屋の中の棚の奥の方に入った袋の中から発見。風呂で感電しないための対策らしい。明日の準備などしていたら夜中3時を過ぎたので、あわてて就寝。
7月7日(日)2日目
眠いがホテルの朝食は絶対食べたいので6時過ぎに目覚め、3階にある豪華なバイキングへ。昨日ガイドさんに聞いたことで衝撃だったのだが、「モンゴルに駐車場はない」ということ。んなアホな、と最初は思ったが確かに道路のそこら中、車線も向きもおかまいなしでフリーダムに車が止まっている。私たちが乗るマイクロバスもホテル前の道路に適当に止まってたことがほとんどだったが、一回だけホテル入口を出た狭いスペースにあった時はさすがに笑った。(入口前の傾斜45度レベルの坂どうやって登ったんだよ・・・)
日差しは結構キツかったが、日本と違って非常に空気が乾燥してる上に、ウランバートル市内でも標高が1350mあるということで、特に朝は春の陽気を感じる涼しさで心地よかった。
全体の出発までまだ時間があったので、母と周囲を散歩しながらチンギス・ハーン広場(旧:スフバートル広場)へ。
ホテルへ戻り8時に出発。途中サービスエリアのような所にあるレストランで、羊肉が入った焼きそばのような麺と塩入りの温かい牛乳(かなりしょっぱい)という昼食をとる。
13時頃にTOURIST CAMPに到着。念願のゲルである!
ゲルの側にはレストランがあり、楽団の方たちによる馬頭琴や琴、歌や新体操のパフォーマンスを見学した。
さて旅行前から危惧していたのはゲルの水事情。しかしやはり規模が大きいキャンプだからか、トイレは水洗でシャワーも有りでサッパリ。(何なら前日のホテルよりも水圧が強かったシャワー!)晩ご飯はバイキング。
そしてモンゴル旅行で楽しみにしていたことの一つが満天の星空!三脚と一眼レフまで用意してのぞんだが、残念ながらゲル内の照明が一晩中煌々と輝いていて、日本で見るのとほとんど変わらなかった・・・。
7月8日(月)3日目
レストランでバイキング朝食をとり、9時半に再びバス出発。カラコルム(現ハラホリン)にあるハラホリン博物館に到着。
オルホン渓谷と13世紀にモンゴル帝国の首都であったカラコルム跡から出土したという、装飾品や石碑、彫刻や仏像や絵画など貴重な遺物が展示されていて、古都カラコルムを再現したジオラマもあり。ゆっくり見たかったけどガイドさんからは「15分」(短!)という制限時間だったので、急いで見回っておみやげコーナーへ。サコッシュやゲルの柄のフェルトコースターを複数購入。
すぐそばにあるモンゴル最古の寺院というエルデネ・ゾー寺院へ向かう。
またサービスエリアのレストランで昼食をとる。
ここからはバスで次の宿泊ゲルキャンプへ。その距離約320km(東京から名古屋くらい?)である。ここでモンゴルの交通事情について再び。とにかく車がとんでもない超スピードで走り、車線などおかまいなしに横から後ろからどんどん追い越し追い越され、急ブレーキで体が座席から浮くレベル。あまりにも猛烈なストップ&ゴーに最初は驚いていたが、途中からは母と「(映画)インセプションの夢の階層を落ちる時みたいな衝撃だね」などと笑い合うくらいには慣れてきた。
夜19時頃にやっとノーマディック・ツーリストキャンプのアルガラント村に到着。
日は長く、夜9時になっても周囲はまだ明るい。晩ご飯はゲルのレストランでポテサラとチャーハンとヨーグルトとビール。昨日のキャンプ地よりさらに空が広大で夜空に期待が高まったが、またしても煌々とした明かりと突然の雨に阻まれる。無念。雨がゲルを打ち付ける音を聴きながら就寝。
7月9日(火)4日目
ゲルには私たち以外にも白人や中国人や韓国人など、様々なツアー客が宿泊していた。現地の遊牧民の人々による演奏のパフォーマンスや、暮らしについてのガイド(チーズの作り方やフェルトを作る方法など)を受ける。
ガイドが一通り終わった後は、レストランで朝食を食べてから乗馬のオプションに参加。2人1組で遊牧民の方に馬を引いてもらい、30分くらいかけてゆっくりと往復する。乗馬は今回楽しみにしていたことの一つだったが、実際にどこまでも広がる山と草原の中を全身で穏やかな風を感じながら馬で行くのは本当に最高で、生涯の思い出に残るひと時となった。
アルガラント村の楽しいツアーが終わり、ここからは再びバスでウランバートルへの長い道のりを戻る。ナーダム(モンゴルで年に一回行われるお祭り。モンゴル相撲・競馬・弓射の3つの競技が行われる。)の直前日で渋滞で時間をかなりとられた為、ガイドに記載されていたガンダン寺は行けず。またザイサン・トルゴイの丘はまさかのプーチンが8月に来るということで補修工事のため閉鎖中とのこと。途中すでに16時頃になっていたが、シャングリラホテルのレストランでやっと昼食。
レストランのすぐ横にスイーツ・ショップがあったので吸い込まれるように買う。しかし完全にアイスに見えたのに、実は全く甘くないヨーグルト!
時間がほとんどなくて大慌てで、斜め前のデパートでおみやげのチョコを買う。ホテル以外は英語も通じないので、買い物は基本ガイドさんにお任せ。
そして第8代ジェプツンダンバ・ホトグト(略称ボグド・ハーン)8世の『冬の宮殿』のため建造されたという、ボグド・ハーン宮殿博物館へ。
1961年から博物館として一般公開されており、王と王妃の絢爛豪華な玉座や、金やダイヤモンドで飾られた女王の真珠丸帽子 (トウルツォグ)、繊細な細工が施された正装服や、様々な仏画など・・・とにかく見所がてんこ盛り!(時間が足りないー)
レストランで中華料理を食べながらガイドさんと日本の歌で盛り上がる。同行している母の友人の男性が馬頭琴を習っていて過去に何度もモンゴルを訪れているのだが、今回はその方の馬頭琴のお師匠さんのスタジオに特別訪問。
スタジオにはステージがあり、心地良い馬頭琴や素晴らしいホーミーの数々を堪能した♬今回の旅行では様々なモンゴルの音楽を聴いたが、2日目のキャンプの楽団はややポップス風、アルガラント村での遊牧民の演奏は民謡風、そしてこちらではそれらを網羅したプロの演奏者のステージ、と色々な違いが楽しめて面白かった。ラスト宿泊は初日と同じホテルへ。
7月10日(水)5日目
今日は空港に向かうのみだが、朝食バイキング後に時間があったので、ナーダムの前日祭を見にチンギス・ハーン広場へ。広場は旗で飾られたり、観覧席が設けられたりしていて、多くの軍人や鼓笛隊などが号令に合わせて行進していた。ただ母がお腹の調子が悪いとホテルへ戻ったので、私もその後すぐにホテルへ戻り、ガイドさんへお礼の手紙を書いた。
私たち親子とママ友お二人の関西女性陣は今日で終了なので、明日と明後日に帰るメンツとお別れし、空港へ。最後のおみやげを求めて皆で空港のショップを巡るがそもそも開いてる店が少ない・・・。私はゲル柄ブックマークとラクダ柄のコインケースを購入。ガイドさんに換金してもらった2人分の2万円もほぼ使い切り、残金は5,500トゥグルグほど(日本円で約250円)。
14時頃発で帰りもモンゴル航空。機内が冷房ガンガンで寒く、毛布を求める人が続出していたが、数が足りず。機内の客層の9割が高齢者だったことを考えるとこれは改善してもらわないとね・・・。途中で当然トイレに行きたくなったが、10人くらいの行列が出来ていたため関空まで尿意をこらえ、やっとの思いで19時半頃関空に到着。21時過ぎには帰宅。
今回は実質、中3日間の日程でナーダム直前の渋滞にもかなり捕まったこともあり、かなりの駆け足旅行になった。しかし、ガイドさんや旅行会社の会長さんの気遣いや計らいもあって、3日間とは思えないほど密度の濃い旅行で大満足!帰ってきてモンゴルについて色々調べてみたが、本当に広大な国土なのでまだまだ行ってみたい遺跡や寺院がいっぱいある。機会とお金があればまたいつか行ってみたい。(了)