父と娘のNY旅行(完)
長く濃い記憶。NYは毎日が新鮮だった。
行ったのは20年前で、1週間少しだったにもかかわらず、すごく良く覚えている。
とても不思議だ。
先々週何した?と聞かれて毎日を私たちは鮮明に記憶しているだろうか。おそらく誰も毎日何をして、誰と会って、どこで何を食べて、と話出せないだろう。
しかしながら、NY以外も海外へ行った時や、旅をした日のこと(観光本の写真と現実の目の前の景色を照らし合わせて満足する日本人のする旅行ではない)は、いつも記憶として薄れずに覚えており、何かしら話せる。
刺激のある日々はこれだけ記憶に残るんだ。と心に突き刺さる。
父と2人で行ったことは、心から良かったと思う。
もう今の年でなかなか父と二人きりで旅をすることはないだろうし、まさにあれは父の生き方を肌で感じられた。泥臭く自分の手で仕事をGETしてものにする大変さと素晴らしさを学んだ。
父は、この旅の翌年無事NYで個展を開催した。
仕事の同行でなくとも、もしも自分に子供ができたら父と子で旅行させて、いつもと違う家族の空気でいろんな話をして欲しい。その経験はその時あまり話さなくとも、ずっと先で役に立つはずだ。
父が美術家だと話してきたが、小さい時は普通と違う、スーツを着て働いてないことが嫌で恥ずかしい時もあった。
ただ、今は一生描き続けるのは自分(父自身)との戦いだろうと思うようになった。誰よりも自分を信じられなくては、普通は美術家なんて辞めるはずだ。笑
だから心から応援している。そして、NY旅行へあの時連れて行ってくれた両親に感謝している。
間違いなく私の素敵な経験になった。
人間は経験や、その記憶に支えられて生かされていると思う。
嫌な記憶、辛い記憶、幸せな記憶、みんな何かしらある…
時には消したい記憶もあるだろう。
ただ、経験してこそ自分が成長していく。経験しか自分の自信に結びつかないとさえ私は考えている。自信がない時支えてくれるのは、経験しかない。これは断言する。
死ぬ間際に振り返れるのも過去の自分の経験・記憶だ。
これからも沢山経験を積みたい。
コロナが終わったらまた旅行でなくて旅がしたい。
先程も記したが、ガイドさんの案内通りの旅行本の風景と現地の照らし合わせの旅行でなく、
自分で好きなところへ行ったり、好きなお店を見つける旅をしたい。
自分の旅をするのだ。
これからもの人生も自分で描き、自分で決める。
死ぬ時、最高だったな〜と思って微笑んで死にたい。それが私の叶えるべき目標だ。
そう思って私は生きる。
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