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顔の見えない世界で、僕らは。

まだTwitterやインスタなどがこの世になかった頃。
私はとあるMMORPG、複数のプレイヤーが参加できるオンラインゲームのコミュティにいた。

ゲームの世界では、ジョブという名の役割が存在する。ナイト、戦士、狩人、黒魔道士、赤魔道士、詩人、白魔道士など。パーティを組むときには盾役・攻撃・補助・回復をバランス良く考えなければならない。

どのゲームでも、ギルドのような複数で参加するグループというものがある。チャットで会話しながらキャラクターを動かし、協力してクエストやミッションをこなしていく。


当時、私は赤魔道士という補助役をしていた。
補助といっても闘うこともできるし、回復もできるオールマイティ。しかしパーティではその中で足りない部分を補う働きをする。


私たちのグループのリーダーはナイトで。
強いリーダーシップを持ちながらフレンドリーで、時にはおちゃめなこともしてくれる彼は、いつも皆の中心だった。ナイトと赤魔道士の相性が良いため、ほぼいつも一緒に行動していた。(ここに恋愛感情はないことを前置きしとく。)

いつしか白魔導士と良い仲になったリーダーを、私たちは暖かい目で祝福していた。しかしそんな2人に、いつも知恵と力を貸してくれるリーダーの親友がここで行動に出た。

ラスボスを倒す重要なミッション直前、これはあとで聞いたことだが、白魔導士の彼女に個別チャットで罵倒する言葉(ここに書けないような言葉)を浴びせていたらしい。彼女は言葉を発することも、キャラクターを操作することもできなくなり、ミッションは中断。リーダーの親友はその直後、この世界から姿を消した。

以前から個別チャットで時々ひどいことを言っていたらしい。原因はリーダーが好きが故の嫉妬。まだ10代だったのだろうという推測された。しかし若さゆえ発した感情が、リーダーと白魔導士に強い衝撃を与えた。人を信じることができなくなった彼らは、しばらくグループから離れて行動していた。

いつもグループを引っ張って、時には厳しく、常に私たちを助けてくれていた、リーダーの親友。まさか、おっとりして気弱そうな女の子に裏で罵詈雑言を浴びせていたなんて。彼女の傷は癒えることなく、のちにこの世界を後にした。


残されたリーダーのそばから、私は離れるという選択肢を取ることはできなかった。再度、ここに恋愛感情はないのだけれど、秘密を共有していること、人として尊敬していること、そして何より、えぐられた傷跡から溢れる血を手で押さえたままの状態なのに、放っておけるわけがない。

彼は少しずつ、時間をかけて立ち直っていった。しかし、私の中にも残ったこの傷。どれだけ小さくなっても消えることはない。おそらく、それぞれの一生の中で。

私が出産を機に去ったのち解散し、リーダーが人づてにお見合いをして結婚したという話を聞いた。頼れた親友に裏切られ、愛する彼女にも去られ、一人ぼっちの世界で何を考えていただろうか。

いや私たちが、仲間がいた。常に周りを気遣い、私の顔文字にもつきあってくれた遊び心の絶えないあなたは、どんなに傷を負っても、完全に癒えることはなくても、前に進んで新たな幸せをつかんでいると信じている。


顔は見えなくても、現実ではなくても、私たちはあの時、あの世界で懸命に生きていた。起こる感情は常にリアルで、嘘偽りのないもの。文字のみだからと侮ることは決してできない。

むしろ文字のみだからこそ、私は文字と文字の間からそこに横たわる感情を読み取る。結構ハズレないと思ってるけど、伝えたいと本人が思っていないだろうことは、あまり口にしないようにしている。

道は違えても、あの時出会えて良かった。
オンもオフもそんな出会いをしていきたい。




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