見出し画像

#8 もう一人の自分

カンメン以降、具体的な撮影日も決まり、いよいよ後はその日を待つのみ!!!
…と言いたいところだが、それまでに決めなければいけない重要な事があと一つ残っていた。
それは、AV女優として生きる、もう一人の私の名前だ。

聞くところによると、AV女優さんの名前の決め方は人それぞれらしい。
付けたい名前がある人はそれを採用したり、元々使っている芸名があればそのまま使用する。
大体はその子のイメージに合わせて事務所やメーカー側が決める事が多いという。
私の場合は、メーカーのプロデューサーさんからの確認を挟みつつ、基本的にはマネージャーさん達と決めることになった。

スピリチュアルに傾倒している訳では無いけれど(オカルトとか都市伝説は好き)、名前に関してはどうしてもおざなりにしてはいけないような気がした。
「名は体を表す」とはよく言うし、有名な女優さんはやっぱり皆、名前が良い。
絶対にこの人にはこの名前以外考えられない!と思わせるようなしっくり感と、名前一つでその人を体現出来るような、そんなアイコニックな凄みがある。
それに、これから先この名前と共に生きるんだと思えば、やっぱりこれはどう考えても重要な問題だった。

夜にLINEのグループで会議が始まった。
日本人なら誰に教えられずとも、"AV女優っぽい名前"と言われれば何となく共通のイメージを持てる人は多いはずだ。
中にはローマ字で名前のみとか、存在感を放つ名前もあるけど、多分私には普通に苗字+名前、それも全て漢字が一番無難でいいだろう。
名前は今使っている「りほ」にしようという事になり、マネージャーさんが考えてくれた漢字の中から私の好みのものを選ばせてもらった。
名前が先に決まったので、その名前に合わせて苗字を考えていく。
字面や雰囲気、画数などを踏まえていくつか案を出していき、最終的に苗字は二つの候補にまで絞られた。
だがしかし、どちらも素敵な苗字で甲乙付けがたく、気持ち良くどちらかを切り捨てられるほどの決定打が無かった為、苗字決めは行き止まってしまった。

そんな時、マネージャーさんがこんな事を言ってくれた。

「最終的にはりほちゃんが気に入ったのがいいと思うよ。
自分がずっと使う名前、第二の人生を生きていきたい名前!」

何だか胸にジーンと来る言葉だった。
この言葉を受け、一旦LINEを抜けお風呂に入ってじっくり考えてみる事にした。
見た感じのしっくり感も大事だけど、きっと実際に女優さんになったら自分の名前を声に出す機会が増えるはず。
そう思い立ち、湯船に浸かりながら何度も繰り返し両方の苗字を声に出してみる。
そして直ぐに分かった事は、候補のうちの一つは私の苦手な五十音始まりだった為、若干の言いずらさがあるという事だった。
((ああ、もうこれは言いやすい方が絶対に良い!!))
そう思い、確実な言い易さを持つもう一つの候補にする事にした。
よし、とりあえず苗字が決まったと一段落し、湯船から出て髪を洗う。
濡れた髪でお風呂場の鏡に映る自分に向かい、もう一度それぞれの苗字で自分の名を呼びかけてみる。
仮決定した方は言いやすさも親しみやすさも抜群で、コレジャナイ感は一切感じられない。
だけど一応候補から外した方の苗字でも呼びかけてみる。

すると、鏡に映っている自分を見て驚いた。
なぜなら、あまりにも穏やかな笑みを浮かべていたから。
それは、偶然にも苗字の始まりの母音が「い」であった為、自然と口が横に開き、図らずも笑っているように見えたからであった。
その瞬間、「これだ」と確信した。
私の名前を呼ぶ度に、自分も、皆も笑顔になる。
そんな素敵な名前、捨てる訳にはいかないと。

その後、お風呂から出たら直ぐにマネージャーさん達に最終決定の連絡をした。
言い易さを考えて一度は脱落した方の苗字が、なぜだか改めて自分の中でしっくりくる感じがあった。
もう一人の自分に出逢えた事が嬉しくて、その日は意味も無く決まったばかりの名前を何度も紙に書き、何度も声に出した。
そして心の中で呟いた。

「もう一人の私、これからずっと、よろしくね。
 頑張っていこうね。」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?