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恋とはどういうものかしら?

という題名の付いた漫画を最近読んだ。
数日前、「コレ絶対好きだと思うから読んで!」と、友達が半ば強引に貸してくれたものだ。
それは岡崎京子の恋にまつわる漫画をまとめた愛蔵版コミックだった。

そういえば、去年の今頃に神保町シアターでやっていた"恋する映画"という特集上映にも、この漫画のタイトルと同じコピーが添えられていた気がする。
今回の画像に増村保造の『くちづけ』を選んだのは、その特集上映のメインビジュアルがまさにこの場面だったからだ。
たとえ恋とはどういうものなのかを知らなくても、このショットを見た人は皆
「これは、恋だ」
と、思うだろう。
恋の瞬きを捉えた鮮烈な画面からは、恋とは何なのかが一切の説明無しに伝わってくる。
それは例えば、『恋恋風塵』の「恋」が二つも並んだ説明的過ぎるタイトルを抜きにしても、バイクの二人乗りをする若い男女を捉えたあのポスターを一目見ただけで、この映画が「恋」がいくつあっても足りないくらいの「恋」を描いた作品だと分かるように。

そう思うと、『くちづけ』にしろ『恋恋風塵』にしろ、もしかしたらバイクの二人乗りとは恋の象徴なのかもしれない。
最近映画館で見直した『天使の涙』もそうだ。
カラックスだって、「スピードの恍惚」に若い恋の刹那を重ね合わせた。
そんなシーンを見る度に、バイクの後ろに乗った時の事を思い出す。

背中から伝わる体温と匂い、心臓の鼓動。
夜の街を、生ぬるい風を、二人の速さだけが切り裂いていく。
あの瞬間、夜が、恋が、二人が、疾走していた。

確かにあれは、恋のような何かだったのかもしれない。
そう思うのは、よくある既視感のせいだ。

いくつもの恋を、スクリーン越しに見てきた。
そこに映し出されているのは恋の姿そのもだった。
私にとって恋とは、目に見えるものでしかなかった。
見えているだけで、それが一体何なのかを伝える言葉を知らない。
映画のチケットの買い方も、セックスのやり方も知っているのに、一度流れ出した涙の止め方や、二人乗りをした彼が今どこで何をしているのかは知らない。
何でも知っているようで、何も知らない。
私は恋を、知らない。
愛なんてもっと知らない。
本当は、知りたくないのかもしれない。

唯一知っているのは、映画が私達に見せてくれるのは、スクリーンの中の恋だけじゃないという事。
それは、全く新しい地続きの世界。
良い映画を見た後は、決まって家に帰りたくなくなる。
誰かと会って、話をしたくなる。
世界の見え方が一新する。
映画が私にそうさせる。

この前映画館で見た『恋する惑星』もそうだ。
”恋する映画”の名に相応しいこの映画を見た後に、ただ黙って家に帰るなんて勿体ない事、したくはなかった。
それに、『恋する惑星』を見た後の世界なら、私に恋とはどういうものかを教えてくれるかもしれない。
そうしたら私は、見つけてしまった。
恋を?
いいえ、彼を。
女の人と一緒に映画館を出るその姿を。
私とあなたと知らない彼女、同じ日に同じ時間、同じ場所で同じ映画を見ていた。
よりにもよって『恋する惑星』を。
もしまだ映画が続いているのなら、

" その時 2人の距離は1メートル
  3秒後、私は彼に呟いた "

と、ナレーションが入るのだろう。
遠ざかってゆく背中に向かって「バカ野郎」と心の中で呟いた。
これ以上ここで打ちひしがれるのはごめんだと思い、帰りを急ぐ。
電車の中で「夢のカリフォルニア」を何度も何度も繰り返し聞いた。
夢うつつで駅を出たら、外は大雨だった。
持ってきてた傘を映画館に忘れていった事に気付く。
しょうがないからずぶ濡れで歩いて帰った。
その日現像したてのフィルムのネガが入ったビニール袋を抱きかかえながら。
なんだか、映画みたいな一日だった。

次の日、熱が出た。
どうやらバカ野郎は私の方だったみたいだ。
ベッドの上で、ひたすら怠惰に時間が過ぎるのを待っていた。
火照った身体が昔の記憶を呼び起こさせる。

私はずっと、自分を「おそい子」だと思っていた。
起きるのが遅くて怒られたり、走るのが遅くてからかわれたりしていたから。
でも、実際は違った。
友達の愚痴を聞くのは退屈だった。
周りの子より早くセックスをした。
彼の姿を見つけても悲しくなかった。
自分の事だけは最初からちゃんと分かっていた。
私は誰よりも「はやい子」だった。
いつだって私だけが、この惑星で加速していた。

だからこんなにも、熱しやすく冷めやすい。
意味も無く生き急いでいるから、外の世界に連れ出してくれそうなモノとの出逢いに胸を躍らせ、知らない世界を見せてくれる人との予感に陶酔する。
その瞬間が気持ちいい。

気持ちいいって、恋?
いや、違う気がする。

多分、恋とは速さだ。
速さは、若さだ。
スピードの快楽に身を任せ、時間の流れも、これからの事も、全て知らないフリして走ってゆく。
もう二度と、"真夜中のエクスプレス"に乗り遅れないように。
だから私は、待てないよ。
よそ見してないで、私の速さについてきて。
アスファルトの畑で捕まえて。
そしたらずっと離さないで、これ以上退屈させないで。
あの日の熱が冷めないうちに、淡い夢から醒めないように。
二人、いつまでもホットなままで。



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