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青写真を掲げよ

私が悩まされておりますのは
色とりどりの暗いノイズに満たされた
まぶたに映る、知らない街です。

山の手の駅を下る
夕暮れの郊外市民の群れに
私は確かに含有されて
板チョコレートを割るような日常を歩んでいたのです。

英語の授業の合間に
みずみずしい若葉に包まれた並木を眺めた時。

あるいは夕方のおつかいで
細道に漂う夕食やお風呂の石鹸や
ひとりぼっちの蛍光灯だけ立っている公園に咲く蔦の花の
甘かったり美味しかったりする匂いをかぐ時。

なにか、こう
ガツンとお月さまに頭をたたかれて
小さな鍵をくわえたカラスに
はなの奥を引っかきまわされているような。
妙な気分になります。

辻々でパチリと切った
数多ものスナップショットを混ぜ合わせ
ニス塗りの小さなカードボックスに突っ込んだ。

もしくは
スクリーンの映像の焼きついた網膜を
スライドマシンに装填して
ただただ順繰りに投影している。

そういったビビッドな
なおかつ弛緩した感覚が
ステンレスの湯船に浸かったような心持ちで
ありありと浮かんでくるのです。

知らない街のアスファルトに
見知らぬ風が吹き
見知らぬ人が佇んでいる。

晴天の春
柔らかな新芽の青い吐息と
酸味を帯びたエグゾーストの混合ガスを
普段着のペレストリアンがにこやかに吸引する、。

そんな光景です。

私はそれを
まるで見聞きした記憶のように
誰彼なく知っているのです。

しかしながら私は
私がその街を知らないことを知っていますし
その風を私が感じていないことも知っているのです。

そんな私の知らない街が、私のまぶたの裏にはあります。

だから私は
オリーブグリーンの鉛筆を削って
真っ暗な三次元空間に浮かぶ製図台に
肩を丸めて向かい合います。

電球の点滅を紙面で押さえ込んで
極小の黒鉛粒子を
複雑な紙のメトロネットワークに刷り込みます。

せめて青写真を残さねば。

私は黙って
天気予報の雨と雪を
青いスクリーンに点描します。

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