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最初の体操部の試合がほぼラップバトルみたいな思い出

中学生のとき器械体操部だった。未経験だった。ちゃんとした鉄棒やマットなどの器具は揃っていて、先輩たちもいたが、教えてくれる先生がいなかった。いや顧問の先生がいたのはいたのだけども、日本拳法の師範代だった。たまに顔出してくれて型を披露してくれていたが、それで体操がうまくなるはずもない。いっそのこと2つを混ぜてアクションヒーロー部にでもしたほうがよかったんじゃないかと思うけど、器械体操部は、器械体操部のままでほそぼそと続けられていた。

同期には、もりた、さかの、がいた。僕も含めて全員未経験者。運動神経もほぼ同じ。先輩は、2年生のもろい先輩。真面目だったけど、そんなにうまくない。3年生はやんちゃだった。いつぞやは宮沢りえさんの写真集をどこからか仕入れてきてマットの上でご観覧されていた。

全員が体育の授業でやる技に毛が生えた程度だった。いや鉄棒に関しては毛すら生えてなかった。体育の授業のレベル。体操というのはコーチがいないと、次にやるべきちょうどいい難度の技すらわからないのだ。そして、難度の高い技には、安全に練習するための「補助」というものがあるのだが、これが実は技と同じくらい、あるいはそれ以上の知識と技術がいる(中学校3年生のときにいのうえ先生という、東京オリンピック候補だった先生が赴任してきて、補助をを知ることとなる。このあとたくさんの東京オリンピック候補の先生と出会うことになったのだが、そんなに候補っているものなのか)。

体操は、十分な経験者がついてくれていないとかなり危ない。そんな僕らの鉄棒の最高難度は「グライダー降り」。これは、鉄棒に手を足を鉄棒の上によいしょと載せて、そのままぐるりと足を離さず下降して勢いをつけて飛んでいく技だった。小学3年生のときに、仲の良かった鉄棒が上手なひるこだにに教えてもらった。それから4年以上も経とうというのに何も変わっていなかった。だって、それ以上の技、知らないんだもん。

こんな僕らだったけど、市内の試合には参加することになっていた。1年生は僕ともりたとさかの、そして2年生のもろい先輩。4人で団体戦に出場した。1年生にとっては初陣だった。もろい先輩は余裕そう。そうだ、他中も僕らとそんなに変わらないはず。

試合会場に着いて他中の練習風景を見て驚愕した。とんでもなくうまいのだ。ふと、一番うまいであろう人が、鉄棒から2回宙返りして降りてるところを見た。え、このひとたちの前で演技するの?グライダー降りって体操に含まれるんですか?と思いながらも、もう引き返すことはできない。「あれ、バスケの試合会場、ここじゃなかったっけ?」なんて大声だしてバスケ部のフリして逃げ出したかった。1年生はそれぞれに胸を熱くするのであった。もろい先輩、先に言っといてよ。

しかし、そこは男の意地。我が体操部の誇りを見せてやろう。振り切るしかない。試合がはじまった。プライドだけは大阪代表級に高い僕は、格好をつけるため、その場で思いつく限りの技を繰り出していく。アドリブ。ほぼラップバトル。考えていた構成では僕のターンが5秒もかからず終わってしまうから、逆上がりを1回する予定だったところを2回、3回と繰り返す。同じ技を何回も繰り出すところは、まさに韻を踏むが如しだ。グライダー降りも華麗に決まった。着地はかんぺき。点数は1点台(当時10点満点)。僕のラップは審判のみなさんにはまだ早すぎたようだ。

次はもりた。もりたは頼もしい背中を向け鉄棒に向かった。ところで体操の応援は「がんばー!」か「着地ぃ!」と相場が決まっている。この2種類のみ。全日本だろうがオリンピックだろうが同じだ。

僕は「もりたー!がんばー!」と彼を鼓舞する。

お前のラップもみせてやれ。彼は、逆上がりからの前回り、前回りからの逆上がり。流れるフロー。いいぞ、韻も決まってるぞ。その調子だ。

そして、もりた、おもむろに鉄棒の上に立つ。

あれ、鉄棒の上って立っていいんだっけ? ルール無用のラップバトルとはいえ、アドリブが過ぎやしないかい。素人だからわからない。呆然とする同期を尻目に、もろい先輩は声援をやめない。

「もりたー!なんでやー!!」

そんな応援ない。

やっぱりダメなのね。はっと我に返って他中を見ると、笑いをこらえるのに必死なご様子だ。さすが強豪、ぷるぷるしても姿勢は崩さない。もりたの点数は推して知るべしだが、しかし、自信満々に小高い鉄棒の上にまるで着地したがごとくポーズをキメたもりたは荘厳だった。審判たちが不穏な雰囲気で集まって5分も審査していたから、時代が追いつくのはとうぶん先だろう。試合は最下位で終わった。

「今日は間違って体操の試合に出ちまったよ」とバスケ部のふりをして帰った。僕は昔のことをあまり覚えていられない方なのだが、コルコバードのキリスト像を見るたびにもりたを思い出す。いまもどこかで元気にやっているだろうか。

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