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虹の向こう側。

うーたの家には現在4匹のねこと数えられないほどの小エビと数匹のメダカと暮らしています。
始まりはもう30年くらい前かな?
たまたま姉が外にいた野良の子猫をナンパしたらそのままうちの子になり、同じタイミングで動物病院でも保護された子猫をもらってほしいと言われ、親戚からも野良猫が子供を産んだから、という理由で1番多い時で7匹のねこと暮らしていました。
みんなそれぞれ天寿を全うし、あるいは運命に弄ばれたのか病に倒れそのまま…という感じですが、どの子もみんな可愛かったけどうーたにとって1番大切でずっと忘れられない子がいます。

その子との出会いはとある観光地でした。
近くに大きな公園もあり、動物の違法放棄が後を絶たず、捨てられた子たちが大きくなり餌を求めてやってきていた観光地でした。

そこで生まれていた1匹の子猫。
人が寄っても嫌がるどころか暖を取るために人のコートに潜り込んでくる態度デカめな子猫でした。
当時、その観光地では野良猫の駆除を始めたという噂が流れており、確かに見かけていたねこたちの姿が減って行っていました。
親ねこは人を警戒し近寄らなかったのでせめてこの子だけでも…と保護をしたのが「かい」と名をつけたキジトラの子猫です。

耳ダニやお腹の虫の検査で病院に連れてった時、先生に「本当にこの子野良なの?人懐こすぎる」
誰彼構わず喉をゴロゴロ鳴らすカイちゃんに若干複雑な気持ちを抱えつつ、大きな病気もなく健康状態も愛想もよかったカイちゃんはすぐ先住ねこたちとも仲良くやって行きました。

「初めて」「うーたが自分で」「拾った子猫」という特別な存在に、カイちゃんも気づいていたのかいないのか、気が付けばいつもそばにいて、どんな時も頭を撫でると満足そうに笑う顔をしてくれました。

時は流れ2022年の12月30日、呼ばれてふと振り返った時にカイちゃんの目の瞳孔の大きさが明らかに違いました。
これはもう、確実になにかの病気だ…
しかし世間は今と同じ年末年始のお休み、動物病院も同じく年始5日からの診察でした。

時を同じくして心を病んでいた(ことに気づいてなかった)うーたは、地元の動物病院では機械がないから判断ができない、大学病院で検査を受けてその結果からこれからどうしていくのか決めましょうと言われあれよあれよと言う間に大学病院での検査の日が決まりました。

忙しい時だったときに申し訳ないと思いながら大学病院へ行き、麻酔をかけるためにお迎えを4時間後に指定され、診断結果は「脳腫瘍」でした。
しかも小脳と大脳の間にできており、手術は不可能、放射線治療となるとかなりの高額になります。
その時カイちゃんは15歳、人間で言えば76歳と高齢です。
カイちゃんにとって病院はストレスにもなるし、お世話になっている動物病院でステロイドでの対処療法をしていくことになりました。

初めてのステロイドはかなり効果があり、グルグル一方向に回っていたカイちゃんがしっかりした足取りで歩いた時は本当に涙が出てきました。

しかし、ステロイドでの治療も所詮対処療法。
カイちゃんの脳腫瘍の小脳へのダメージは日々進行していきます。
そんな中、うーたへはうつ病の診断が下され、否が応でも休職となりました。
今となってはいいタイミングだったと思います。

小脳へはみ出した脳腫瘍は刻々とカイちゃんの調子を狂わせていきました。
最初は嫌がっていたねこ用オムツも次第に外さなくなり、でも誰かがそばに居るとトイレに行きたいと自ら申告し、連れて行ってあげるとトイレでします。
カリカリを食べる体力も徐々になくなって行ったのでパウチのものから流動食へ、でも嫌がって食べてくれませんでした。
大好きだったちゅーるもふた口くらいペロペロしてはいらないと拒否をするようになり、いよいよその時が近づいているんだな、と言うことをカイちゃん自身が教えてくれているようでした。

脳腫瘍の診断がされてから1ヶ月、歩くこともできなくなったカイちゃんを抱っこしてはおトイレへ連れて行き、出なかったらオムツをして少しでもあったかくしてほしくて小型犬用の服を着せ、こたつにベッドを入れてそこで眠ってもらってました。
2時間ほど置きに水分をとってほしくて抱っこしてシリンジで水を与え、一緒に薬と流動食を与えていました。

一週間ほどそんな生活が続き、土曜のお昼にいつものようにカイちゃんをこたつから出し、水をシリンジで与えました。
頭を上げるとふらつく仕草をしていたカイちゃんがじっと目を見つめて、それからいつもと変わらないように顔を手で隠しながら大きく伸びをしたと思ったらそれっきり、腕の中で動かなくなりました。
カイちゃん、カイちゃん、と何度も呼びましたが、うっすら空いていた瞳が光を失い、瞳孔が開き、心臓はもう動いておらず、徐々に体温が下がっていくのを泣きながら腕の中で感じていました。

脳腫瘍と判断されてから1ヶ月、実質的な介護は一週間もさせてもらえないまま、カイちゃんは虹の向こう側へ旅立ちました。
虹の向こう側へ行くと体の不調もなくなり、元気いっぱいになるそうですね。
そして大好きな人が来るのを待っている、と読んだことがあります。
カイちゃんは虹の向こうで先に逝ったみんなと会えたかな、今はもう元気いっぱいで猫じゃらしと遊んでるかな、うーたが行くまで待っててくれるかなぁ
でもカイちゃんのことやからうーたより先に逝くであろう母さんと一緒に行っちゃうかな?
そしたら少しだけ寂しいな…

うーたがうつ病で働けなくなった時に絶望しかなかったのに、その時にカイちゃんの介護をさせてもらえたことは悔いのないことのひとつです。
母さんが「あんたがうつで休んでる時でよかった、1人なら見送れなかった」と言っていたことを思い出します。
うーた自身も、この手で救った小さな命をこの腕の中で見送ることができたのは救いになりました。

あれから2年。
2年前の今日、カイちゃんの異変に気づきました。
もしかしたらもっと前からおかしかったのかもしれない。
自分自身のことで手一杯でほんの少しの異変に気づかなかったかもしれない。
でもそれは、カイちゃんが隠していたかったことかもしれないな。

なんてことを思い出しながら今もまたカイちゃんを思い出して泣いてしまっています。
虹の向こう側へ逝った人のことを思うとその人の上には花びらが降るそうで。
ならカイちゃんと先に逝ったみんなの上にはたくさんのちゅーるとカリカリとかつお節が降り注ぎますように。
オウガ、ゆうた、ナッコ、テンちゃん、クー、メイコ、コンチ、カイちゃん
みんなのとこに行くまでどのくらいかかるかわかんないけど虹の向こうで待っててほしいな。

そして今一緒に暮らしてる4匹のねこと数えきれない小エビと数匹のメダカと母さんへ
1日でも長くうーたより生きててほしいよ
寿命だと笑って終えられるくらい、元気でいてね。

そんな年末の話。

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