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はじめての最後#8

檻の中にいる男の面会に行った。
罪悪感を引きずりながら、けれども、男に少しでも笑顔になれる時間を作ってあげたくて。
うつつを抜かしている私は、今月の面会が今日で3回目だとは気が付かず、男を驚かせた。
「また来週くるね」
「もう3回来ちゃったよ?」
「え?」
…こんな大切なことに気が付かなくなっていることに
自分でも驚いた。
彼に出会うまでは、男の面会へ行く道のりも長く遠く感じていたが、このところ色々と思いを過ぎらせて走る道のりは、随分早く到着すると感じている。
寧ろ「もう着いちゃった」と思うほど。
会いたくてたまらない時ほど短く感じるものかと思っていたが、罪悪感があるせいで到着に恐怖を感じているのかもしれない。
珍しく、男は、透明の壁越しに欲情していた。
面会室は少し蒸し暑く、私がスーツのジャケットを脱ぐと、小さめのTシャツが上半身にぴったり張り付き、露になった胸の形に目を奪われていた。
「どしたの、めっちゃ見るじゃん」
「やめて。刺激が強すぎる」
話しかけていた話題を忘れて、何を話すかわからなくなったじゃねぇかと顔を赤くしていた。
かわいい。
ごめん。
なんとも言えない気持ちだった。

今朝、彼に
「昨日わがまま言ってごめん」
「遅くまでお疲れ様、眠れた?」
とメッセージを入れた。
これまた珍しくすぐに既読になり
「ねみー」とだけ返信がきた。
まだ寝ていると思っていた時間だけど、案外早起きだったのね。と彼の情報を手に入れた私は小躍りしたい気分になった。
こんなやり取りをしただけで、昨日会えなかった絶望から有頂天になっていった。
ねみーという言葉に、なんの意味もないのだろうが
恋する私は、都合よく変換する。
きっと彼は、
遅くまで本当に忙しかったんだよ、
別にワガママを鬱陶しいと思ってないよ、
と言ってくれていると変換しておいた。

言っておくが
その「ねみー」の後に「月曜日つらいね」と入れた私のメッセージは、毎度おなじみの既読スルーだ。
それでもこの喜びを感じる私は、底なしのポジティブか、生まれながらのドMなのだろうか…


そんな朝を迎えてからの、男との面会。
汚くてゲスくて最低の女だな。
彼との幸せな期間はあと1ヶ月。
その後は、スッキリ綺麗に終わらせたら、裏切りも無かったことになる…はずだ。

それにしても、彼にとって私の存在はきちんと変化しているのだ。
メッセージ上でもすっかり敬語は無くなった。
敬語から素の会話までの中間にも、プチ敬語みたいな雰囲気の会話があることは、マッチングアプリなどを経験した人はわかるだろう。
その中間も超えた。
ねみーだって。
これがセックスをしたかどうかで変わるところというやつなのか。
決して私にゾッコンになっているとか、そういう変化とは言えないことくらい、理解している。
しかし大歓迎だ。
私はと言えば、敬語は初めから使っていない。
それよりもアホ丸出しの遠慮のないメッセージから、
しおらしいクヨクヨした女っぽいメッセージへ変貌を遂げた。
完全に、惚れたもん負け、状態だと自認した。
気がつけたのは、ここへ書いているからだろう。
アウトプットって、威力あるな。

先週末で、私のハートは随分と疲れた。
彼と木曜日に会えるかどうかもハッキリしていないが、とりあえず今日明日彼に無駄にメッセージを送ることはやめられる気がする。
今週は、自分を磨こうと思う。




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