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読み切りファンタジー小説「天使界の任務」

(3,300文字 読了まで約7分)

 月の切れ間から、何かが零れ落ちた。
それは、私の心だったのだろうか、それとも。


 人間界には沢山の人間が住んでいる。私はそう聞かされていた。人間というものは、どんなものだろうか。興味が止まらない。言いにくいけれど、海老を揚げてスナックにしたものだと一緒だと思う。

 ある日、私は長老に呼ばれた。長老は、とても身長が小さくて、残念ながら飛ぶことが出来ない小さい羽を背中に生やしている。だけど、髪の毛はふさふさなのだ。みんな、噂してる。私は知ってる。長老はカツラだということを。

「今、この天使界は、未曾有の危機に瀕しておる」
 いつも長老はこの発言から始まる。もう100年近く同じ事を聞いてるもんだから、ちょっとあくびも出てくる。もちろん、分からないようにあくびをするんだけどね。

「悪魔界の…ええっと、悪魔界の」
 長老にそっと耳打ちをするのは、天使界の2番目にえらい人。マイケル・トミオーカ。みんなにわかりやすく、耳打ちをしている。その声が漏れ聞こえる。
「ルシファーですよ。ルシファー!」
 だから、みんな知ってる。悪魔界の王様は、ルシファーだってことを。

「うむ。悪魔界のルシファーが、この世界を闇に覆われそう…覆われそう?こほん。覆いそうになっておるのじゃ。これは、天使界始まって以来の危機である」
 天使界が始まってから、ずっと危機が続いているんだけれど、この言い方じゃあ、今がめちゃくちゃ危機みたいじゃん。

「そこで、天使のお前たちに、ワシは命ずる。人間界に降り立って、世の中を救う光の人間を見つけてくるのじゃ。そして、その者と一緒に、世界を悪魔界の…から守り、光に導くのじゃ」

 というわけで、私は今回、人間界に降りることができるようになったわけ。
 テンション上がるでしょ?このまま天使界でいい人とも出逢わずに、一生終えるとか嫌じゃん。分かるよね?これ読んでくれてる人いたら、分かるよね。
 フフ、何も言わなくても分かるからいいよ。

 私は、ルンルンした気分で、ランランと人間界に降り立つエレベーターに乗り込んだ。

 ヴィーンと、扉がしまって、機械的だけど流暢な音声が流れる。
「ハニー。生き先はどちらまで?」
「んーと、人間界」
「人間界は、危険な場所だよ。そんなところに、可憐な君を連れていけないよ」
「ありがと。でもね、長老の命令だから仕方ないの、お願い!」
「仕方ありませんね。では、人間界まで降ります。危険なことをしちゃだめですよ」
「うん、分かってる。いつも、ありがと」

 この合言葉を言わないと、エレベーターは作動してくれない。間違って、人間界に行くことを防止するために、セキュリティの観点から導入したそうなんだけど、ちょっと長くて噛みそうになる。
 どうせなら、可愛く言いたくなっちゃう。

 人間界に降り立つには、人間界では約2年の歳月が必要。この巨大エレベーターには、居住スペースもあって、電気、ガス、水道はもちろんのこと、wifiも通っている。テレビだって見れる。
 だから、のんびりと2年の間、テレビ見て、食べて寝て過ごしてたら、人間界に着く頃には、20kgも太ってしまった…

「では、お嬢さんお気をつけて」
 エレベーターにそう言われて、人間界の土を踏んだ。こんなに体が重かったかしら。私は、まずはダイエットするところから、頑張ろうと決意した。

「そう言えば、先に来ている天使がいたはずだけど」
 私は野原の真ん中をキョロキョロと見渡してみた。すると、前方約1km先に、悪魔と戦っている天使を発見!
 私は重い体を引き摺りながら、なんとか1kmを走った。もう、足は棒になりそうだった。

 私が、着いてからも、天使と悪魔の戦いは続いていた。2人とも、真剣にじゃんけんしている。

「ぐっ、やるな。ベルゼブブ。これで貴様の勝ちは7,776勝だ」
「ふっ、たかが天使の分際で、サマエル貴様も7,776勝だ。いっすね〜」
「そうか、互角か。明日の敵とかいて『とも』と呼ぼう」
「さすが、天使の考えそうなことだ、いっすね〜。反吐が出るわ!オレは、強敵と書いて『しんゆう』と呼ぼう」
「悪魔と戯れ合う気はない。オレは、正義の敵と書いて『心友』と呼ぶぞ」
「ははは!いっすね〜!どうとでも呼ぶがいい!貴様ら天使なんぞに、我々の野望は阻止できん。いくぞ、しんゆう!」
「望むところだ、心友よ!じゃーんけーん…」

 私は、あまりの激戦にこれ以上見る気が失せた。だから、ちょうど通りかかった軽自動車のおっちゃんに手を上げて、町までヒッチハイクで向かった。

「これが、これが人間界!?」
 私は、今、秋葉原というところまでやってきた。ここには、私と同じような服装をしている女の子が沢山いて、道行く人に愛を説いているようにも見えた。

「さて、私は光ある人間を探さなくちゃならないけど、なんか探すのも飽きた。どうせなら、向こうから来てくれないかしら」
 私は駅にある猿田彦珈琲店で、ちょっと珈琲を飲みながら、スマホを見ていた。
 今、マッチングアプリで、世の中を救う光の人間をマッチしていた。

「なかなか、いないわね」
 もっと、マッチングすると思っていたのだけれど、意外となかなか集まらないし、どう考えても、光の人間だとは思わない人ばっかり。おじさん多め。若い子すぎるのも、ちょっと無理だし。お金無さすぎるのは、論外でしょ。
 光の人間を探すのは、とても苦労しそうだわ。

 そう思っていると、スマホに着信が鳴った。
非通知だった。
 私は非通知は取らないことにしてるから、無視していたら、今度はメッセージがきた。

「『電話に取れ、長老より』ですって!?あのチビハゲ、何を偉そうに言ってきてんの?あいつ、自分の立場分かってんのかな」

 私は、ちょっとだけイライラしてたけど、『非通知で、かけてくんな、ハゲ』と優しくメッセージを送り返したら、ちょっと気分がスッキリした。

 メニュー見て、「何コレ?大人のティラミス?私にぴったりじゃん」とちょっとはしゃいで、カフェラテ追加の大人のティラミスを頼んだ。ついでに、ごろっと野菜のトマト&モッツァレラのホットサンドも付けておいた。

 席に戻って、むしゃぶりついていたら、スマホの着信が「天使界ハゲ直通電話」で埋まっていた。
 私は焦る事なく、しっかりと全部食べ終えて、スマホで折り返し電話をしてあげた。

「何をしておったんじゃ、お主は」
 初めから、なぜか怒ってる。気の短い人って、ほんとダサい。
「ちゃんと、光の人を探してますよ。そんなことの為に電話してきたんですか?そんなの何かのハラスメントになりますよ。天使界ホットラインに電話しますよ」
 私はあくまでも、冷静に謝った。
「ホットラインとか、そんな横文字、わしには分からん」
「長老が分からなくてもいいんです。私が電話するだけだから。で、何の用ですか?私、忙しいんです」
 横文字が分からないとか、そんな言い訳通用するわけないだろ!
「光の人間が見つかったという電話をしたかったのじゃ」
「は?長老、なんでそんなこと、早く言わないんですか?私が忙しくて、スマホ取れなかったら、メッセージか何か入れといてくれれば、見れるでしょ?今は、わざわざ電話しなくても、チャットもあるんだから、なんでもかんでも電話とか声とかって時代じゃないの!だから、天使界は古いって、悪魔界から馬鹿にされるんですよ!」
 私は、しっかり仕事しない上司が嫌いだ。だから、本人の為を思って、言うところはちゃんと言ってあげないといけない。

「す、すまん。つい、電話しか、考えられなくて。使い方もよく分からんし、細かい字も、見づらくなって」
 スマホ越しで、モゴモゴと長老は言い訳を始めた。言い訳なんかしちゃ、いつまでたっても変わらないんだよ、と言いたいけれど、私も大人の女性だから、グッと堪えて言った。
「そんな言い訳、聞きたくありません。後でちゃんと反省文を書いてください。便箋10枚で!いい、分かった??」


 これで、私の冒険はおしまい。もっと活躍したかったんだけど、それは次の話に置いておくわ。

 ここまで読んでくれて、ありがと。
じゃあね。バイバイ。

 あー、ダイエットしなきゃ。ま、明日からだね。

おしまい

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