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川の時間が止まる時【エッセイ】

 ちゃんりおハッピーランドへようこそ🌈

 ハッピーと書きながら、ハッピーなネタを書いていないような気がしますね。
 もう11月です。ちょっと、疲れてきましたが、来年に向けて出来ることはやっていきたいと思います。

 進んでいるようで、停滞している。
そんな気になっている今日この頃です。


 時間というものは、つくづくいいなと思います。

 川の流れと同じで、停滞していても、流されていく。時間という大きな川の流れに流されて、停滞しているのだけれども、刻一刻と自分の残された人生という灯火が消えていく。
 そんな感覚に陥るわけです。

 何も進んでいない状況というのは、かなり精神的な負担になります。
進みたいのに、進めない。私は、今、時間が解決してくれることを待つことしかできない。
 来年になれば、好転するのかどうかは分かりませんが、アクションが起きれば、それで進んだ気になるから、だいぶ楽です。

 思えば、心の負担がかなり大きい気がします。それは仕方ないことなので、細かくは書きませんが、ただじっと座って待っているというのは、ひどく辛く苦しいことです。

 だからこそ、お酒を飲んでしまったり、人と話をしてしまったり、気を紛らわせようとするのでしょう。


 楽しい気分に浸り、気を紛らわせることも、時には必要かと思いますが、本質的な解決には至らないかもしれません。

 笑いは大事です。笑顔を作ることで、少しでも嫌が気分が晴れる。鬱憤が晴れる。屈折した自分の何かが、笑顔で変わる。

 ただ、私は1人でいる時は、ほとんど無表情です。人と会う時は、笑顔を心掛けていますが、1人でいる時は無表情なので、心の底から笑える日が来るのを待っている。


 どうだったのでしょうか。

 彼は亡くなる直前に、死にたくないようでした。まだ、生きたい。そう思っていたかと思います。

 私は、自分が彼の立場に置かれた時、どう思うだろうかと考えています。
生きたいというのは、体の細胞が、DNAに刻み込まれた生というものが出てくるため、生きたいと思うのだろうと思います。

 幸せであればあるほど、まだ生きたいのか、それとも、やり残した後悔があるから、まだ生きたいのか。

 その瞬間になってみないと、実際のところ分かりませんが、私はまだ生きたいと思っています。

 人生において、何もなくても、心から笑顔がうまれるその日まで。


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