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4.ロボリーナを捕まえろ!

※こちらの小説は、「リクエシーブ!~receive a request~」の第四話となっております。「リクエシーブ!~receive a request~」はマガジンより読めますので、初めての方はそちらよりお読みいただけると嬉しいです。
第一話「出会い」|前話「3.千歩里と咲紀

※「我らシバクロ探偵社」は「リクエシーブ!~receive a request~」に改題いたしました。公開中の内容に変更はありません。


 季節はすっかり夏を迎え、藤ヶ丘学園高等部の制服も軽くなる。ブレザーもベストも脱いで、周りが白またはピンクのシャツで華やかになり始めた。藤ヶ丘学園高等部は、夏期はポロシャツの着用も認められている。指定のポロシャツはなく、白のワンポイントならどんなものでも自由というこれまたお洒落な女の子たちの胸を擽る校則は、暑さと引き換えに女の子たちのスタイルを、着飾り始めていた。
 放課後と昼休みにシバクロ探偵社の部室に顔を出すことは、伽音にとってもはや日課となっていた。最初こそは「忙しいと言っていたし迷惑かもしれない」と躊躇したが、咲紀と千歩里の人柄に触れる度、そんな心配は無用に思えた。
 その日の放課後は、未だ梅雨を引きずる空気がたっぷりと湿気を残していて、夕方に近づこうとしているのに纏わりつくような暑さが抜けなかった。千歩里はいつもの席で読書をしていて、伽音も同じように、千歩里からおすすめされたミステリーの短編を図書室で借りて読んでいる。咲紀はいつものように校内を走り回っていて、不在だった。
 冷房が効いた室内は、快適以外の何物でもなかった。全教室冷暖房完備の藤ヶ丘学園はこの時期、とにかく生徒は廊下やグラウンド、体育館に行きたがらない。体育の授業を減らしてくれと毎年クレームが入るほどに、空調の効いた教室に慣れ切っている。
 静かなシバクロ探偵社の部室には、千歩里と伽音が本を捲る音しかしない。区切りのいいところで伽音は一旦本を置き、持ち込んでいた麦茶のキャップを開ける。夏はなんだかんだ言って、口に残らないお茶が一番いい。
 二口、三口、と飲んだところで、伽音はそれに気づいた。
「……先輩、スマホ鳴ってませんか?」
「え?」
 メロディとしての音は聞こえていないものの、特有の振動音が微かに聞こえる。それは明らかに伽音が机の左側に掛けているリュックからではなく、千歩里が自分の左隣に置いているスクールバックからのような気がする。
 千歩里もその振動音に気づき、鞄を開ける。スマートフォンの画面を確認すると、すぐにタップして耳もとにあてる。
「どうしたの? ……え、本当? わかったわ」
 たったそれだけで千歩里は電話を切り、伽音に視線を寄越した。
「今、わたしたちが請け負っている案件でひとつ、大型のものがあって、その案件が解決しそうなの。咲紀がわたしも来てほしい、と言ってるのだけど、伽音ちゃんも来る?」
「その、邪魔じゃありませんか?」
「もちろんそんなことないわよ。来てもつまらない、っていうか……大変かもしれないけれど」
 千歩里の言葉を伽音は不思議に思ったが、興味も湧いた。今まで活動に同行したことはなかった。だからこそ、言葉の上だけではない、咲紀と千歩里の活動を間近で見てみたかった。
「行きたいです」
 千歩里が微笑んで立ち上がる。綺麗な金属音の下を、伽音は千歩里に続いてくぐった。

 昇降口まで下りて互いに靴を履きかえる。千歩里は迷うことなく、学園内の駐輪場、通称ミューの前を通り過ぎ、その奥にある林の中へ入っていく。
 どこに行くのか問いたい気持ちでいっぱいの伽音だったが、千歩里の横顔は先程から険しい。大型案件だと言っていたし、なにか危険がそこには待っているのかもしれない。
 林をしばらく進んでいくと、咲紀のうしろ姿が見えた。伽音は安堵したのだが、千歩里は足を速める。
 木々の間をずっと歩き、道と呼べるのかも怪しい進路を辿って来た。しかし、咲紀のいる場所はどうやら拓けており、そして、咲紀の目の前には
「か、可愛い……?」
「ロボリーナ(仮)よ」
「ロボリーナ(仮)?」
「うん。ロボット研究愛好会が作ったロボットだよ」
「咲紀、ロボ会に連絡は?」
「した。準備してすぐ来るって」
 咲紀の目の前、そして咲紀に並ぶ千歩里、伽音の前には人型の白いロボットがいた。頭、手、胴体は人間と同じようにあるのだが、その下半身は溶けたように平たく、伽音はテレビで見たことがあるロボットに似ていることに気づく。その顔も、目が大きく子どものように幼い。
「ロボリーナ、動かないわね……。電源が落ちたのかしら」
「いや、さっきは動いてた。指令も、遂行しようとしてるみたいだし……」
「指令?」
 千歩里と咲紀の顔は、相変わらず険しい。ロボリーナをじっと見つめ、窺っている。伽音からはただのロボットにしか見えないが、人型をしているということは、ロボリーナに人工知能が搭載されている可能性はある。テレビやインターネットで「将来人工知能が人間を超えて、制御不能になる」という嘘か本当かわからない話はたまに伽音も目にする。
「『赤、汝と交わるとき、その解を算出せよ』。ロボ会がロボリーナに出した指令よ。伽音ちゃんにも想像ついているかもしれないけど、ロボリーナはロボット研究愛好会がその技術を結集させて造り出したロボットなの」
「ロボ会は、頭のいい子ばかり集まってるから……稚拙なりにも人工知能を搭載したらしい。それでその性能を試すために、ロボ会がロボリーナに指令を出したんだ」
 人工知能搭載とはいえ、高校生が造ったものだ。その技術は専門の技術者には当然及ばない。だからこそ、少し難しいことをさせたくて、また、ロボリーナがどんな答えを出すのか知りたくて、ロボ会はその指令をだした。
 ロボリーナ、赤と聞いて思い浮かべるものはなにか。あなたが赤を扱うとき、それをどんな風に捉えるか。
 その指令を聞いた途端、ロボリーナはロボット研究愛好会の部室を出て行った。その後を追った愛好会のメンバーたちは、ロボリーナがどんな「赤」を見せてくれるのか楽しみにしていた。しかし。
 ロボリーナは、予想を上回るスピードで校舎を飛び出し、ついには愛好会のメンバーも見失ってしまう。「赤」のある場所を探し回ったメンバーだったが、ロボリーナの姿は見当たらず、それどころか気配すらも感じられない。
 稚拙とはいえ、いや、稚拙だからこそ。人工知能が搭載されたロボリーナを野放しにはできない。人間に害を加えるようなプログラミングはされていないものの、それでも「暴発・暴走」する恐れはゼロでない。まして精密機械のロボリーナを、長時間外に出しておくのは危険だ。
 ロボット研究愛好会メンバーの予想では、藤ヶ丘学園の広い敷地を使って、ロボリーナはその敷地内に「赤いもの」を描くのでは、ということだが、目撃地点を線で繋いでもそれらしいものは浮かんでこない。その上、目撃されること自体、ロボリーナは稀だ。今は捕まえることを最優先にしたいというのが、愛好会メンバー全員の思いだった。
 伽音はロボリーナを見て、漸く合点した。シバクロ探偵社の部室に巨大な見取り図が貼ってあったのはこのためだったのだ。確かに見取り図には、赤い印がいくつも書いてあった。あれはロボリーナの目撃地点だったに違いない。
 ざざざざっ、と複数人の足音がうしろから聞こえたと思えば、「お待たせしました!」と声がする。ロボット研究愛好会のメンバーだ。
「ロボリーナ……。久しぶりですね。特に壊れている様子はないみたいですが……」
「てこずらせます、ロボリーナ」
「電源を落としましょう。それが一番早い」
「待って!」
 ロボ会メンバーの言葉に、静止をかけたのは咲紀だった。その場の全員の視線が、咲紀に集中する。
「ちょっとだけ、待って。多分、ロボリーナが失踪してから、この子と一番接触しているのはわたしだから。だから、わかるの。少しだけ、待ってほしい」
 伽音の横で、工具箱を持っていたロボ会の部員が、工具箱を地面に置く。夏の湿気を存分に孕んだ中でも、林の中には涼しげな風が抜けていく。ブラウスを着た伽音と千歩里の首元を、その風が触れた。
 ポロシャツに眼鏡姿のロボ会メンバーの一人が、ほかのロボ会メンバーに目配せする。それを合図に、メンバーは今にも飛び出しそうだった足を揃えて、じっと待つ。
 咲紀が、ゆっくりとロボリーナに近づく。ロボリーナは未だ動かず、大きな瞳は光りもしない。
 ゆっくり、ゆっくり、咲紀がロボリーナに歩み寄る。白いボディーは、長らく外にいたとは思えないほど綺麗で、光が照りかえっている。咲紀はロボリーナをじっと見つめ、尚も近づく。ロボリーナはやはりまだ、動きも光りもしない。
「ロボリーナ」
 それは伽音が初めて聞いた、咲紀の静かで優しい声だった。いつものような力強さは鳴りを潜めて、迷子の幼子に話しかけるように柔らかい。
 咲紀が、ロボリーナの前で立ち止まる。そして、その胴体に、そっと触れた。
「ロボリーナ、おかえり。寂しかったよね」
 咲紀がロボリーナの体を、優しく摩る。ロボリーナの身長は、咲紀の胸元辺りまでしかない。その瞳を咲紀は見つめるように、膝を折って中腰になる。
「もう、帰ろう。一緒に帰ろう。大丈夫。ロボリーナが探していたものは、わたし、わかってるから」
「世の中には、二種類の人間がいると思うの。人を必要とする人間と、人に必要とされる人間。伽音ちゃんは、どちらが人を満たすと思う?」
 伽音が千歩里の方を見ると、千歩里は咲紀とロボリーナを、静かに見守っていた。伽音は少し考えて、千歩里と同じように静かな声で返す。
「人によると思います……」
 一般的に見れば、人から必要とされる人間の方が、満たされるように思う。自分が人から必要とされればされるほど、本人の承認欲求は満たされ、自分は価値のある人間だと感じることができるだろう。しかし、それと同時に、人を必要としていたい人間も、一定いるのではないかと伽音は思う。伽音は、亜梨沙と一緒に藤ヶ丘学園に通いたい。亜梨沙に「伽音と一緒に藤ヶ丘に通う」と言われたいのと同じくらいに、それ以上に、伽音は亜梨沙と藤ヶ丘に通いたい。伽音は確かに亜梨沙を必要としていて、例えば今亜梨沙が藤ヶ丘の生徒であれば、伽音が抱えるすべての悩みは消滅してしまうのだ。
「そうね、そうよね。確かに人によるわ。けど咲紀は、人に必要とされる人間なの。人に、必要とされていなきゃいけない人間なの」
 咲紀とロボリーナを見守る千歩里の視線も表情も、先程から変わらない。咲紀を見守り、咲紀とロボリーナを見守り、いつでも自分が助けられると、それを確信している。
「だけどそれを、あの子はわかっていない。あの子の現実は、いつだって飛び降りられそうなほど高い崖の淵ぎりぎりで、それでもあの子は、懸命に生きて、その限られた空間で生活しなきゃいけない」
 千歩里の横顔に、相変わらず表情は灯らない。また涼しい風が千歩里と伽音の首元を撫でてつかの間、汗ばむ背中を忘れてしまう。
 千歩里も、伽音も、ロボ会のメンバーも。全員咲紀とロボリーナを見つめていた。ロボリーナがまた逃げ出してしまってもおかしくない現状に、ロボ会のメンバーがじりじりと捕まえに行きたいのを堪えているのが、隣の伽音にまで伝わってくる。
「だから探偵社を始めたの。あの子が、逃避できる場所になるように」
 その言葉の真意を知りたくて、伽音は千歩里の横顔を見つめたまま、問いかけを探していく。きっと千歩里は、伽音がどのような質問をしても真摯に返してくれるとは思うが、だからこそ、核心を突く一言が欲しい。
 ――ピピ、ピピピピ
 大きな風が辺りを、木々を揺らした後に、電子音が小さく聞こえた。ロボリーナの目が、淵を描くように光っている。その色は、緑を多く混ぜたような黄緑で、とても綺麗な色だった。
 ――ピ、ピピピピ
 今まで動かなかったロボリーナの、腕が上がる。そして一歩前に動くとすぐに右方向に下がり、不思議な形の円を描いた。
「ハートだ……」
 ロボ会メンバーの声に、伽音は咄嗟にそちらを見、そしてまたロボリーナに視線を戻す。ロボリーナがまた電子音を鳴らし、同じように動く。
「うん、ロボリーナ。わかってるよ。ロボリーナの探してたもの。ロボリーナの『赤いもの』それはみんなの気持ち。みんなの想い。赤い色をした、『ハート』だったんだね」
 咲紀が、ロボリーナの丸い頭に手を乗せる。そしてロボリーナを褒めるように、その頭を撫でた。
 ロボリーナの目の淵が、今度はピンク色に光る。それを見たロボ会のメンバーが、ロボリーナの周りに集まる。
「ありがとう、ロボリーナ。ごめんねずっと、ひとりぼっちにして」
「ロボリーナ、嬉しいですよ」
 千歩里と伽音だけが、その輪に加わらずにいる。伽音は加わりたかったが、どう考えても自分が加わるのは場違いだと判断したのと、千歩里が加わっていない以上、自分も加わるわけにはいかなかった。
「正解だったわ。探偵社を始めて。あの子の心根の優しさが、そのまま藤ヶ丘の生徒が持つ問題解決に繋がって、ますますあの子が、人から必要とされて。あの子があんなに楽しそうに、学校中を駆け回っていることが、わたしはただ、嬉しいの」
 一年生のとき、咲紀に探偵社をやることを持ちかけたのは紛れもなく千歩里だった。その言葉に、どれほどの感情とどれほどの気持ちと、どれほどの想いが入っているのか、伽音には推し量ることもできない。だからこそ、どんなに考えても適切な返事は見つからない。見つからなくても、どんな返事に対しても千歩里は笑顔で返すだろう。わかるからこそ、核心の突く一言など見つけられないし、見つけなくていい。そんなもの、伽音にはわかりようがないのだから。

 ロボ会のメンバーは、咲紀と千歩里に丁寧に礼を言い、電源を落とさないままのロボリーナと一緒に帰って行った。咲紀、千歩里、伽音も林から抜け出し、駐輪場の前を通る。ミューには、林に入るとき隙間もないほど止まっていた自転車が、今は半分ほどになっていて、生徒が下校し始めているのがわかる。
「んーっ、一件解決!」
「よかったわ。ロボリーナは、ほんと苦労させられたから」
「だね。ああ見えて、足速いんだもんあの子」
「え、危ない……ロボットなのに」
「あははっ。すーぐ見失っちゃって、ほんと大変だったんだよねえ」
「一件落着ってことで、甘いものでも食べましょう」
「いいねー! わたしかき氷食べたいな。ファミレスでもうやってたよね」
「わたしはそうねえ。パフェがいいかしら。伽音ちゃんは?」
「えっ! あ、あたしも、チョコレートパフェ」
「いいわね。そうと決まれば早く下校しましょう」
 空はまだ高く、明るかった。部室を軽く片付けて、ウィンドベルの下をくぐる。鍵をかけた千歩里が職員室に寄り、それを待って三人で昇降口に降りる。
 夏特有の、夕方でも温い風が、伽音の肌を触っていく。それでも不快に思わないのは、隣に咲紀と千歩里の笑顔があるからだと、間違いなくそう思う。
 今、亜梨沙が。藤ヶ丘に通っていれば。こんな時間はなかっただろう。隣には必ず亜梨沙の笑顔があり、一緒にパフェを食べるのも絶対亜梨沙だ。
 それはそれで楽しいし、教室でも廊下でも、登校中も下校中も。亜梨沙が一緒にいてくれるのなら、そんなに嬉しくて心強いことはない。
 しかし、現実には亜梨沙は異国の地で生活していて、その距離はどんなに頑張っても「じゃあ明日会おうね」と言える距離ではない。明日の約束もできない。今日も隣に亜梨沙がいない。そのことは、伽音にいつでも寂しさを連れてくるし、悲しさに沈んだ伽音を救えるのはありさしかいない。けれど伽音は今、亜梨沙がいない放課後を、笑顔で過ごしている。
 きっと亜梨沙が、出会わせてくれた。
 そんな不思議な、けれど亜梨沙が持っているならなんの疑問も感じない力を、咲紀と千歩里に出会って、伽音は感じられるようになった。亜梨沙が、寂しくないようにと。伽音が笑っていられるようにと。
 だから、待っててね。亜梨沙。
 必ず、「魔法の箱」を見つけるから。 

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高瀬莉央
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