名探偵コナンというヒーロー(僕の読書遍歴2)

 僕が本を読むことが好きなのは、自分の読み聞かせがうまかったからだと、母は言う。このことがどれほど僕の読書人生に影響を及ぼしたのかは分からない。けれども、幼少期の経験がその後の人生にしばしば重大な影響をもたらすことを考えればありそうなことだ。とにかく、僕は小学校に入学するころには自ら進んで本を読むようになっていたことは事実である。
 僕が本を読んでいた理由として、はっきりと一つ言えることがある。僕は知性にあこがれていたのだ。僕にとってのヒーローは、仮面ライダーでも戦隊ヒーローでもなく、知性によって問題を解決する名探偵コナンだった。幼稚園にまだいたころ、戦隊ものや仮面ライダーも人並みには見ていたと思う。けれども母親いわく、僕がそれらを見ていたのは友達との付き合い程度だったらしい。だとしたら、誕生日にライダーベルトなんかを買わせておいて、親もいい迷惑だっただろう。少なくとも言えるのは、僕も普通の子供らしく振る舞おうと努力はしていたようだということだろうか。けれどもやはり、幼い僕も力によって敵を屈服させる暴力的なヒーローにはノリきれなかったらしい。名探偵コナンに出会ってからはどっぷりとハマり、戦隊ものなどどうでもよくなったのだった。
 幼いころの僕の夢は「名探偵」であった。ただの「探偵」ではない。「名」をつけ忘れてはならない。「探偵」というのは、浮気調査とかそういった些末なことを扱う職業で、殺人事件の謎を解くのが「名探偵」であるというはっきりとした区別が僕のなかには存在していた。「名探偵」になるために必要な条件とは、博識であることだ。僕が本を読んだのはそのためだった。
 知識を求めた僕がどういった本を読んでいたかというと、ほとんど時代錯誤にも伝記だった。児童向けに出ているシリーズのやつだ。だが、偉人達の人生に学ぼうなどという気はあまりなかったのではないかと思う。同級生たちの知らない過去の歴史を知ることが歓びだったのだろう。
 誰の伝記を読んだのだったか、全てを思い出すことはできないが、覚えている限りではエジソンやキュリー夫人、野口英世など、定番のものはある程度読んでいたのではないだろうか。なかでも、僕のお気に入りだったのはライト兄弟である。尊敬している偉人を問われたときに、エジソンと答えたのでは普通過ぎると考えた僕は、小学校一年生の子供が答えるには少しマイナーな人物を選んだのだった。もちろん、ライト兄弟が好きだったのは、そんなひねくれた理由だけだったわけではないと思う。空を飛ぶことを夢見た少年たちの姿が、僕にはどこか楽しげに映っていたのだろう。知性を用いて人間の条件を乗り越えていく、そういった科学の進歩に心を躍らせたのである。僕にはSFよりも実際の科学技術の発展の物語のほうが好みであったようだ。今でも、単純な進歩史観とは距離をとりつつも、科学の進歩ということにはどこか楽観的な部分が僕にはあるように思われる。もしかすると、こういった幼少期の読書経験から引き継いだ遺産なのかもしれない。

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