金曜日のショートショート01

クリエイターのお友達とショートショートの話で盛り上がり、「週に一回お題を決めてショートショートを書こう!」という企画が決まりました。その名も「金曜日のショートショート」。

第1回目のテーマは「金曜日」です。少し不思議なショートショートの世界を楽しんでいただけたらと思います。

金曜日のショートショート(第1回)
テーマ:金曜日



『平穏を食す』
 うちは曜日毎に朝食のメニューが決まっていた。月曜はバターロール、火曜はベーグル、水曜はクロワッサン、木曜はメロンパン、金曜はクロックムッシュ、土曜はスコーン、そして日曜がホットケーキ。そのことを友達に話すと驚かれ、「クロックムッシュって何?」と聞かれた。
 クロックムッシュはハムとチーズを挟んで焼き、ベシャメルソースを塗ったトーストだ。うちでは定番なのでどの家庭でも出てくるものだと思っていたがどうやら違ったらしい。
 他の曜日と比べて金曜日だけ手が込んでいるのには理由がある。金曜は両親の仕事が休みで、比較的時間に余裕があるのだ。
 金曜に休みなんて珍しいかもしれない。彼らは専門職で本来休みも自由に取れるが、敢えて休みを金曜に固定している。後から知った話だが、それは、楽しいはずの金曜の夜に涙を流す人を作りたくないという彼らなりの配慮だったらしい。なんという偽善だろうと笑ってしまった。
 しかし習慣とは恐ろしいもので、両親から独立しても曜日毎の朝食メニューは踏襲されていた。これは曜日感覚を失わないために有効な手段だった。そして私も一人前に働くようになり、金曜日のクロックムッシュの本当の有り難みを知る。
 とろとろのチーズと肉厚のハム、そしてミルクとバターの香るホワイトソース、香ばしいトーストをナイフとフォークで切り分ける。平穏とは程遠い生活の中でゆっくりと息のできる唯一の時間で、人間らしさを失わないための儀式のようなものでもある。両親もきっと同じだったに違いない。金曜の夜くらい人間らしくありたかったのだ。
 ピザではダメだった。赤いソースが仕事を思い出させる。殺し屋は平穏に飢えている。だから私が平穏を食す日には、人がひとり死なない。



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